第19話

・ ・ ・




「前坂さん…クマが」


「Oh bear?」


「ノー」


「…英語出来るくせに片言…」




あの後、どれだけ出て行くように言っても構われず敵わず、無視され煙草は吸いきられ、最終的には時間が危ないことを知らされ家を飛び出してきた。


何もかも、妖怪の思い通りな気がしている。




じゃなくてクマ、と涙袋の辺りを指したのは席に通り掛かった五十子くんだった。


私は「ああ、精気を摂られたから」と呟く。



「何て?」


立ち止まってきょとんとする彼の髪色は柔らかい。



「実はね、幽霊かと思っていた人(仮)が目の前に現れて、人の精気を貰わないと生きられない妖怪だと言うのです」



「それは」



普段からあまり感情の起伏が見えない五十子くんが静止していることに気付いたのは、彼の言葉が続かないことに加えて、見上げても尚彼の気配が動かなかったから。



「? ごめんよ奇天烈なことを言ったね」


「…いえ」



「?」


五十子くんは何かを考え込むように視線を逸らした後、前坂さん、と隣の空席に座ってきた。



「前坂さんは、どうして此処に入社したのですか」



「どうしてって え、急に入社の志望動機?」



「志望動機…も気になりますが、そうではなくて。どうして“選ばれたか“の方」



「選ばれた理由?」



何を聞いてくるんだこの子は。



不信感を与えないようフォローしたつもりが

逆に私が不信感を持ってしまった。



「はい。そうです。理由、聞かされたでしょ?」



「理由?」




答えを急かすような五十子くんを前に記憶を辿ってみるも身に覚えがなかった。



「聞いたことないけど…。五十子くんは聞いたの。どこで?」

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