第4話

エレベーターに乗ってから気付いた。確かに1Fに某スーパーマーケットの名前が記されている。


21Fから降りる間、社宅ってことは会社の人と会うかもしれないってことかとも気が付いてエレベーター内の鏡で自分の姿を見てみたが、だからといって今から戻ってこのラフ〜な服から着替える気も起きない。

何やねん、とセルフツッコミしてしまった。



挙動不審に1Fへ降り立ち、まず左か右かで立ち止まる。

すると背後で他のエレベーターが開いた。




「...何やってんだぁ?」




聞こえた声に振り返ると 思わずうげ、と声が漏れてしまった。



「どっどどっどーめきさんっ」



その人物はじろりと私の頭の先から爪の先まで吟味するように見、一言「ねぇな」と呟いた。呟いたというか言ってきた、はっきりと。迷惑だ。


「というかリズムよく俺の名を刻むな」


というか、じゃないよ。自分だってぼさぼさな頭に草臥れたTシャツにスウェットに所謂便所サンダルじゃないか。薄らと髭だって生えかかっているし確かに私は『ねぇ』かもしれないけれども


「ほらっスパイごっこしてねぇでさっさと行け小娘!」


「わー!」


分厚い身体に体当たりするように押し出されながら「百目鬼さんって何処かで寂しく独り暮らしじゃなかったでしたっけ」と言葉を繋ぐと頭頂部に肘鉄を喰らった。


「イタ!!」


「社宅で楽しく一人暮らしだが?」


「イッター!!」


女部下にやる技じゃない!


とか何とかやっている内にスーパーの入口に立っていて、え、今どうやってここまで来たっけと後ろを振り返って見てみたがもうよく分からなかった。


「百目鬼さん」


「あ?」


慣れた手付きで買い物カゴを手に取る背中に呼び掛けると「買い物じゃねぇの」と返ってきた。


百目鬼さん本当にここに住んでいるのか...。


意外と多かったんだな。どうして1年も知らなかったんだろう。



「そうです、ありがとうございます」


ひょこ、とお礼を言って会釈してひょこひょこ付いて行くも呆気なく「付いて来んな」と言われてしまった。



だって同じルートじゃないかと思ったが、確かに彼は天から“酒”と記されたコーナーで立ち止まってしまった。



そうでしたか。そうですよね。前坂抜かします。



勝手に何だか上司の残念な姿を見てしまった気持ちになりつつ、私は挽肉を探し求めて歩いた。


すると通り掛かった“お菓子”コーナーに、似つかない大人の影。



横から見ると細くて長い脚を止めたまま一点を見つめているようだった。何か美味しいものでもあるのか…?と好奇心に駆られて近付いてみる。お菓子を買う気はなかったのだけれどもついのついの好奇心でね。

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