第51話
他人(ひと)のある部分を綺麗だと思うことすら初めてだったけれど、その時点ではまだ、本能的な予感しかなかった。
確信がなかった。
だから、『そういうの』と言葉を濁し、問い返した。
もし、万が一、彼女が俺の潜在意識に潜み続けている記憶に触れる人物か、鍵だったのなら。
『そういうの』で濁した言葉の意味が、前世だとか夢だとか――その類で片付けられる笑い話のような事実なのだと、伝わると思った。
彼女の答えは。
「夢を、みるの」
だった。
彼女には身体の傷と、記憶かと錯覚するほど鮮明に映る、夢があるようだった。
ずっと。
『ユウシャ』と。『マオウ様』と。呼ぶ声が降るのだそうだ。
それを彼女は、ぽつりぽつりと口にしていた。
その夜。
彼女がうちを後にした後、幼いふたりの弟たちが“夜泣き”した。
真夜中に彼女が帰った、玄関を追って、茫然と立ち尽くしてからのことだった。
ただ寝惚けているのかと思いながらふたりを同時に抱きしめた時、肩から聞こえてきたのは『魔王様――』と誰かを呼ぶ声で。
鳥肌が立ち、嫌な汗が額に浮かび、背筋を這う。
梨句は。
俺のことをマオウ様かと聞いた。
それが―――だと分かった時、弟たちを抱いたまま意識が遠退き、俺は、そのふたつの名前に隠された物語の終焉を――――全て、思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます