第51話

他人(ひと)のある部分を綺麗だと思うことすら初めてだったけれど、その時点ではまだ、本能的な予感しかなかった。


確信がなかった。




だから、『そういうの』と言葉を濁し、問い返した。




もし、万が一、彼女が俺の潜在意識に潜み続けている記憶に触れる人物か、鍵だったのなら。



『そういうの』で濁した言葉の意味が、前世だとか夢だとか――その類で片付けられる笑い話のような事実なのだと、伝わると思った。







彼女の答えは。









「夢を、みるの」









だった。









彼女には身体の傷と、記憶かと錯覚するほど鮮明に映る、夢があるようだった。



ずっと。




『ユウシャ』と。『マオウ様』と。呼ぶ声が降るのだそうだ。





それを彼女は、ぽつりぽつりと口にしていた。



















その夜。










彼女がうちを後にした後、幼いふたりの弟たちが“夜泣き”した。










真夜中に彼女が帰った、玄関を追って、茫然と立ち尽くしてからのことだった。



ただ寝惚けているのかと思いながらふたりを同時に抱きしめた時、肩から聞こえてきたのは『魔王様――』と誰かを呼ぶ声で。



鳥肌が立ち、嫌な汗が額に浮かび、背筋を這う。










梨句は。





俺のことをマオウ様かと聞いた。










それが―――だと分かった時、弟たちを抱いたまま意識が遠退き、俺は、そのふたつの名前に隠された物語の終焉を――――全て、思い出した。

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