第2話


 ところで、俺は死んでしまっている。理由は簡単だ。同級生である清泉ルイを庇って車に轢かれたのだ。そんな漫画やドラマみたいな話があるのか、死ぬ間際の俺は思った。愛する男を守って死ぬなんて。

 けれど、そんな話が本当にあったから俺は死んだ。横腹に鉄の塊が食い込む感覚。内臓が圧迫され、痛みさえ感じない刹那────ルイの驚きながら俺を見つめる、あの瞳。見開かれた茶色い目に、俺の勇姿が映ってくれていたら、死んでも悔いはない。

 ……いや、嘘だ。悔いはある。何故なら、俺はルイに認知されていない。北埜ケイトは彼の認識の中にいない。同学年だが一度も同じクラスになったことがない俺たちは、面識がない。

 ルイは物静かな少年だったが、相反して俺はサッカー部に所属する活発な生徒だった。同じクラスならまだしも、同じ教室内で勉学を共にする仲じゃなかった俺たちは全く関わりがなかった────と、思い込んでいるのはルイだけだろう。

 俺はずっと、彼が好きだった。なだらな猫背、亜麻色の柔らかな髪。優しげな目元に、穏やかな性格。彼の全てが好きだった。

 「保健室はあっちだよ」。最初で最後、彼に声をかけられたのは高校に入学したての頃。部活で足を負傷した俺は保健室を探し、学内を彷徨っていた。

 そんな中、ルイが俺にそう言ったのだ。擦りむけた膝こぞうと赤くなった脛を見つめ、背中にあるリュックを背負い直し、もう一度「あっちだよ」と彼が保健室があるであろう方向を指差す。

 その瞬間、俺は恋に落ちていた。男にこんな感情、芽生えたことない。けれど、彼は違った。彼には運命────そう、運命を感じたのだ。口の中がカラカラに乾き、唾液を嚥下できないままルイを見て固まる。そんな俺を見届けることなく、彼は踵を返し立ち去った。きっと、ルイにはこの日の記憶なんて脳の片隅にもないだろう。「保健室はあっちだよ」。そう語りかけたことも、部活中に転んだサッカー部員のことも。彼は覚えていない。

 そして、自分が一人の人間を狂わせたことも知らないだろう。

 俺はあの日以降、ルイを忘れることが出来なかった。すれ違うたびに目で追い、話し声が聞こえたら振り返ってしまう。

 本当は話してみたいし、触れてみたい。しかし、彼に嫌われることが怖くて出来なかった。そんな日々が続き、卒業して、大学へ行き、就職し、彼の記憶が薄れていくのだろう。寝る前にルイの残像を瞼の裏に思い浮かべ、耽ったりするに違いない。果たして、そんな人生で良いものか。俺は悶々と日々を過ごした。

 俺が死んだ日。ちょうど登校時間がルイと被っていた。数メートル先を歩む彼の背中を見つめる。リュックが動くたびに、ご当地キーホルダーが揺れている。旅行が好きなのだろうか。それとも誰かからもらった物なのだろうか。見慣れないゆるキャラをぼんやり眺めながら、俺は心臓を高鳴らせた。

 ────話しかけるなら、今だろうか。

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