第二話 楽しめない

  私は今、小走りで学校に向かっている。私、意外と足速いんだよね~。クラスの女子で二番目ぐらい! 勉強は平均だけど。


 「おはようワオンちゃんっ。急がなくても、朝のホームルームまで二十分あるよ?」

 「え!? 」


 うーん、ナギってば、可愛い! 「様」付けで呼ばれるのも、納得。


 「どうしたの? 」

 「ううん! それより今日は……」

 「「部活見学の日」でしょ? 」


  え!? 私の心がわかるなんて、梛ってばエスパー??


 「だって、ワオンちゃん、小学四年生の時、クラブ見学あったでしょ?すっごくワクワクしてたのを覚えているから……。今回もそうかな、って」


 ああ――小学四年生の時……。ミュージッククラブに入りたくて、心を弾ませていたよね。


 「……もしかして…入るの?吹奏楽部」


 ナギが眉を寄せて尋ねてきた。ナギもきっとクラブ見学を思いだしたんだろうな。


 「もちろんっ!」


 おばあちゃんが私の中に残してくれたトランペットを少しでも大切にしたい。心に引っかかってることはいっぱいあるけど…おばあちゃんのブレスレットが守ってくれるはず。

 私は、そう、信じている。


 「心配してくれて、ありがとー! でももう大丈夫だよ~っ。ナギも吹奏楽部入るの?」

 「うん。クラリネットを極めたいんだ」


 詳しく紹介してなかったけど、ナギは、クラリネットの実力者!

 クラリネットは、黒いリコーダーみたいなもの。

 ナギのクラリネットは優しくて、聞き心地が良い。誰でも、うっとりしちゃう! スマホで検索すると、たくさんの賞賛の言葉がヒットするくらい! バード様=クラリネットなんだっ。

 バード様の友達(ワオン)=トランペットもヒットして! と思っていたらチャイムが鳴った。

 私は駆け出す。そよ風に乗って、桜がはらはらと舞っていた。吹奏楽部、どんなのかな~。

 私はスキップをしながら校舎へ 向かった。



〇┃⌒〇┃⌒



 つ・い・に! 部活見学だ!


 「ワオン、足元見て! 浮かれすぎ! 」


 小学四年生から仲がいいゆずちゃん――近藤柚希こんどうゆずきちゃんが心配そうに言ってくれる。それを聞いて横で笑っているのはさっちゃん――浅利彩結あさりさゆちゃん。ナギの事を「バード様」と呼ばない、数少ない友達なんだ。

 ゆずちゃん、さっちゃんと別れて私と梛は吹奏楽部の活動場所である音楽室へ向かった。


――シド


 威風堂々だ! 合奏曲の。 エドワード・エルガーが作曲した行進曲。

 響き渡る音色。部室が音楽で包まれていく。これが、合奏! 素敵! コンクールで金賞ねらえる演奏じゃない!?

 演奏が終わると、私は興奮気味に拍手した。部員が一斉にこっちを向いた。

 皆、息ぴったり行動がそろってる! 感動!  すると、部員の一人が前へ出て、喋り出した。


 「皆さん来てくれてありがとうございます」

 「「「「「「「「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」」」」」」」」


 お、おお――! 一つもずれない声。すごいっ。


 「こんにちは、顧問の宇神です。今日の体験内容は、吹奏楽の楽器体験です」


十の楽器のブースへ行って、楽器を弾くそうだ。楽しそう! 私はワクワクしすぎて、 


 「では、移動をお願いします」 


 その声と同時に、二十人くらいの部員が立ち上がった。

 私が真っ先に向かったのはもちろん、トランペットコーナーだ。

 


「こんにちは!」

「こんにちは、新一年生ね。櫻庭姫香です」

「符川和音です。櫻庭先輩、よろしくお願いします!」


 私がそう言うと、櫻庭先輩はニコッと笑ってくれた。

 ナギによると、中学生からは先輩に対して敬語を使わないといけないらしい。それが、役立ったのかもしれない! ナギ、サンキュ~!


「でも『先輩』呼びは慣れないから…………」

「分かりました! 姫香さんと呼ばせていたやきますっ」

 

 ナギの言ったこと二つ目。

 先輩がイヤだと言う人はさん付けで呼ぶこと。又は、下の名前で呼ぶこと。ナギの教えを全て活かせたぞ! ふふん、えへんっ。やるね私!

 そして、話が終わったら、本題の体験! トランペットを演奏することになった。いつもならトランペットを吹くのは楽しい。ただ、心にちょっと引っかかりを覚える。

 おばあちゃんが亡くなった後吹いたときは全く楽しくなかった。…………けど、今は楽しいかもしれない。

 その希望ねがいを持って、私はトランペットに口をつける。


――♫♪♫

 「す、すごい!」


 嬉しい、褒められた! これならルンルンな気持ちで弾きとおせるかも!

 ちょっとだけ気分が晴れた。そう思ったのは、間違いじゃない?


――♫♩


 あれ? 心が弾まない、そう感じたのは、曲の山場だった。やっぱりだめなのかな…思考をグルグル巡らせ、音をなぞっているうちに曲が終わった。


 「すごい!こんなに上手なんて……!」「一年生に早くも実力負け――」「きれいな旋律」


 吹き終わると、皆が拍手をしてくれた。嬉しい。うん、嬉しい。それは確か。ただ、どうしても素直に喜べない。心が躍らない。

 何で、楽しくないの? もう私は音を楽しめない? 今まで、あんなに楽しくおばあちゃんと吹いていたのに………。

 いや、他の楽器なら楽しめるかも!と、色々な楽器を体験する。

 …でも。やっぱりトランペットが楽しめないことがずっと心に残って、何一つ心から楽しめない。何も分からないまま、体験は終わってしまった。



〇┃⌒〇┃⌒



 「ただいまー」


 お母さんの「お帰り、和音」の声もおきざりにして、私は自分の部屋にあるトランペットの元に走った。ただただトランペットを吹きたかった。

 心が躍らない、のは間違いだったということを証明したくて。

 部屋に入り、私はトランペットのケースを開けた。 ほこりまみれのケースは、おばあちゃんと演奏した過去を思い出させる。

 ………ううん、そんなこと思いだす時じゃない。トランペットを吹くことに専念しよう。

 スゥと何の曲でも無いものを吹こうとトランペットに息を入れる。そのまま吹き続けようかと思ったけれど、ピタリと手が止まった。

 …そっと口を離し、手を下す。やっぱり…楽しくない。心が踊らない。それは嘘でも勘違いでもなかったのんだ………。

 おばあちゃんがいなくなっただけ。だから、いつかは楽しくなれる。

 吹奏楽部に入ったら変われるよね…? そう思いながらトランペットをケースに閉まった。

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2024年12月2日 19:27
2024年12月3日 19:27

音楽を守れ! 石川 円花 @ishikawamadoka-ishikawaasuka

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