第一話 トランペット奏者!

 おばあちゃん………! 行かないで! 戻ってきてよ!


『大丈夫。これがワオンを守ってくれるわ』

『このブレスレット?』


 とたんにおばあちゃんがス――と消えて行く。

 行かないで! おばあちゃん! もう会えないなんて、イヤだよ!」


――ピピッ

「はっ!」


 私はタイマーの音を聞いて、ガバッと起き上がる。 また変な夢見ちゃったよ………。

 よしっ、気持ちを切り替えて今日も一日過ごさないと!


「ふわぁ――」


 あくびを噛み殺しながら、私は階段を駆け下りる。

 私、符川和音ふがわわおん! 『かずね』じゃないよ、『ワオン』だよ! 覚えた?

 ワンちゃんみたいに可愛い『ワオン』!! 間違えたら怒るからねっ!

 今日から中学一年生の十二歳。そして、トランペットが大の得意! 全国金管楽器コンクールで最優秀賞をとったり、外国で演奏したこともあるんだ。

 トランペットは、ピストンボタンをポチポチ押すことで管の長さを変える楽器。

 金色のトランペットが多いよ。


――♬♩ファファミ


 あ、お父さんがピアノを弾いている! 「ファファミ」と弾いていることがすぐに分かった。幼稚園児の頃からトランペットをやっている私には、音をあてるのはどころかだよっ!

 今日の朝ご飯何かな~? お腹が鳴りそうになって来た。


 「おはよう、和音」

 「おはよ~。何で『天国と地獄』弾いてるの?」

 「ああ。『天国と地獄』は和音の好きな曲だよな。次回の定期演奏会で弾く予定なんだよ。誰でも知っていると言っても過言ではないからね」

 「ふ――――ん」


 ピアニストのお父さんとあいさつを交わす。『天国と地獄』はギリシャ神話の………おっさんバイパス? みたいな人がモデルだとか………。分からないけど、まあいいやっ。


 「きーらーきーらひーか~る」


 あ、お母さんが『きらきら星』を歌ってる。お母さんは有名なバイオリニストなんだ! 


 「ま~ばた~きっ。あっ、和音おはよう。和成さ――ん! お皿運んでーあっ、和音もね」


 食卓を振り返った瞬間、心がグッとつかまれた。

 ……一つだけいすが空いている。おばあちゃんの席だ。


 「寂しくなるわね」 

 「そうだな」


 母方のおばあちゃん、天才作曲家の符川琴ふがわことは……。二週間前に亡くなってしまった。もう九十二歳だったから仕方がないとお母さんが言うけど…まだ気持ちの整理はついていない。亡くなる一日前まであんなに元気に笑ってトランペットを教えてくれていた。でもっ、もう会えないんだ………。

 私は今日が入学式と思い出し、すぐに朝食を運び、悲しい気持ちをパンで押し込んだ。



 〇┃⌒〇┃⌒


 

 ポニーテールを揺らしながら、私は、初めて行く中学校へ向かう。

 ワクワクする気持ちもあるけど、どうしてもおばあちゃんのことが頭から離れない。

 下を向くと、おばあちゃんからもらったブレスレットが目に入った。純白のビーズの中に向日葵たいようのような光り輝く黄色がある。いつ見てもキレイ。だけど、これは、おばあちゃんからの最後の贈り物、なんだ……。


――「和音のことを守ってくれるわ。音楽を楽しむおまじない、よ」


 おばあちゃんがそう言って渡してくれた。 優しい思い出が、心を締め付ける。

 音楽を楽しむ………。それが出来るのかな?


 「ワオンちゃんっ」

 「ナギ!」


 教室の前で私の小学一年生からの親友、五線梛ごせんなぎちゃんが声をかけてきた。


 「中学生だね。よろしくね」


 そう言ってはにかむナギは、私の大親友! クラリネットが得意な中学一年生。しっかり者で、誰にも優しい。

 なぜか鳥が近づいてくる体質で『バード様』と呼ばれている。


 「…大丈夫?」


  おばあちゃんとも仲が良かったナギはおばあちゃんの死を知っている。私のことを心配して、おばあちゃんという名前を出さないところが優しい。


「ありがとう…」


 心の痛みが絆創膏を貼られたみたいに和らいだ。ナギ、優しすぎる………!


 「今日は入学式! だね」 

 「そうだねワオンちゃん。小学生の入学式の時、ワオンちゃん、人が多すぎて泣いてたよね~」

 「あった、あった」


 無理やり笑顔を作らなくても、大丈夫。ナギが笑顔にさせてくれた。

 何だか気分が晴れて来る! 中学生活は楽しく始められそうっ! 私はぐっと歩幅を大きくし、勢いよくドアを開けた。


――カラカラカラッ


 「おっ! 来た! トランペットのかずね~」

 「かずね!かずね!」

 「もぉ―――!ワオンだってば!やめてよー」


 小学生からの友達の一太いちた賢人けんとだ。あ、覚えなくても良いからねっ!

 もう中学生なんだからかずね呼びはやめてほしいっ! 私は『わおん』なのに………本当に困っちゃう!


 「バード様だ! 」「相変わらす美しい~」「男女かまわず惚れちゃうよねぇ」


 ナギもいつも通り騒がれている。困ってる表情だけどいつも通りで何だか安心しちゃう。


 「ワオン―――――! 」「ヤッホー」「制服着て…中学生になったって感じ! 」


 そして、たくさんの友達が来た。変わらない日常、変わらない笑顔にほっとして、心が温かくなる。私は黒板に貼ってある席表を見て、自分の席に着いた。

 学生鞄を開けると、私はあるものに目が留まる。


 『MYマイ musicミュージック ファイル』。


 私のお気に入り五曲が詰まっているファイル。

 トランペットを独奏楽器とする曲、モーツァルト作の『トランペット協奏曲』。 

 ”オルフェオとエウリディーチェ”を面白おかしく編曲した、オッフェンバックスが作曲した『天国と地獄』。

 世界で一番難しいと言われる、ペトルシュカの『ストラヴィスキン』。

 そして……。

 符川琴…おばあちゃんが作った『ワオン』と『白鳥が飛ぶ』。

 特に『ワオン』と言う曲は私が生まれた時にお祝いとして作ってくれた、一番のお気に入り。楽譜は、この一枚しかなくて世界に発表していない曲。

 昔は音楽をしているとき、楽しかった。トランペットが大好き。それは今も変わらない。でも、今は、楽しいと思わない。演奏してても、なぜか心が輝かない。  

 トランペットに興味を持ち、おばあちゃんに教えてもらいながら始めたトランペット。


――「上手よ」


 と褒めてくれたおばあちゃん。 優しい笑顔が頭に浮かんだとき、鼻がツーンと痛み出した。

 ああ、ダメダメ。 悲しいことを思い出したら、皆に迷惑かけちゃうっ!

 私は出かけていた鼻水をすすって、少し上を見た。 

 いつかは、いつかは………またおばあちゃんのことを考えても辛くならない時が来る。そして、トランペットも楽しめるはず。

 私は『MY music ファイル』を鞄に閉まって、友達と喋り始めた。

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音楽を守れ! 石川 円花 @ishikawamadoka-ishikawaasuka

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