17.決勝の舞台

「ついに来ちゃったね、決勝!」


 南先輩が豊かなお胸を強調するように腕を組んで会場入り口を眺む。

 私、南先輩、琴崎先輩の三人は横浜みなとみらいにあるイベントホール前に来ていた。

 ここに来るのも、もう六回目だ。


「私がいるんだから当然じゃあないですか」

「まーたそういうこと言う」

「新堂さんってもうちょっと可愛げなかった?」


 私としては先輩たちに慣れてきてハキハキと自分の意見を言えるようになってきただけなのだが、その成長が面白くなかったらしい。

 最近は事あるごとにやんちゃだの生意気だのとイジられている。


 三人でホールの入り口に入ると、遠くから「おーい」と知らない女の人たちが寄ってくる。

 その瞬間、先輩二人の顔が綻んだ。


水戸みと先輩に朝里あさり先輩も! 来てくれたんですか⁉」


 どうやら去年三年生だった私の知らないOGの方々のようだ。


「ココ助の応援もしたかったしね」

「てか、あんたたち二人が仲良くやってるなんて驚いたよ」

「えぇー、真知子とは今でもバチバチっすよぉ」

「昨日も準決のあと二人で喧嘩したんですから」


 二人とも誇らしそうな顔で近況を話している。

 立派に勝ち進んだ姿を見せることができて嬉しいのだろう。


「それでめっちゃ強いっていう一年は?」

「あれ? 一人はさっきまでここにいたんすけど、どこいったんだろう?」


――こういうのはまだ全然無理!


 私は知らない人が近づいてきていた時点で逃げ出していた。

 もう遠くの自販機の影に身を隠している。

 親しくなった人とは気安く話せても、初対面の人はまだまだ苦手だ。

 人見知りはそう簡単に治らない。


「おい、新堂!」

「ひゃう!」


 自販機の裏で私がこそこそしていると不意に後ろから話しかけられて、驚きの余り飛び上がってしまう。

 後ろを振り向いてみれば、見覚えのある制服を着た三つ編みお下げの優し気なお姉さん。

 そして天パクセ毛小柄な女子生徒が腕を組んでデーンと仁王立ちしていた。

 一回戦で戦った相模原女子の二人だ。


「小清水さんと……あっちゃんさん?」

「私の名前は園田敦子そのだあつこだ!」

「す、すみません……」


 今日はせっかく対戦した相手だからと観戦に来てくれたらしい。

 引退している小清水さんはみんなのお守りで一緒についてきたとのことだった。


「ここまで由比ヶ浜女子相手にマップで七本取ったのはうちだけだからな! 実質うちが三位みたいなもんだ!」

「あっちゃん、それ言ってて虚しくならないの?」

「う、うるさいですよ部長!」

「もう部長はあっちゃんでしょ?」

「うぅ……。あ、あれだ! 勝てそうなのか? 横浜女子に」


 園田さんは話を逸らすようにこちらへ顔を向ける。

 横浜女子に勝てそうか? もはや愚問だ。私は余裕たっぷりに答えた。


「私がいて負けるはずありません」

「……なんかお前、可愛げなくなったなあ。一回戦で会ったときはびくびくおどおどしてたのに」

「最近よく言われます」


 そんなやり取りをしていると、スマホが振動してメッセージがきたことを教えてくれる。


「すみません。ちょっと人を迎えに行かなきゃいけなくて」

「おう、頑張れよ!」


 相模原女子の二人からエールをもらって別れる。

 私は急いで会場外へと駆けだした。向かう先は駐車場だ。


「宮本さん!」

「あかちゃん! ありがとー」


 駐車場に着くと車に乗った宮本さんが私のことを待っていた。

 昔の事故で足が悪いため、会場まではお祖母ちゃんに車で送ってもらっている。

 その宮本さんを駐車場まで迎えに行くのが私のいつもの役目になっていた。


 宮本さんのお祖母ちゃんに挨拶を済ませて荷物を受け取り、一緒に手をつないで会場へと向かう。

 会場には既に先輩たちが入っていて、機材のセッティングを行っていた。

 そして、そこには当然、横浜女子のメンバーもいる。


「あかり、ここまで来ると思ってたよ」


 神原先輩が優しげな表情で私に語り掛ける。

 HoneyBeeGamingでの一件以来、ずっと私のことを気に掛けてくれていた。

 だから、この決勝の舞台で復帰した姿を見せることができて素直に嬉しい。


「私一人じゃここまでこれませんでした」


 私一人では立ち直ることはできなかった。

 たくさんの人の支えがあって、私は今ここに立っている。

 神原先輩は私のチームメイトを見て微笑んだ。


「良い試合になりそうだね」

「負けませんよ」


 そして、席に座って試合の準備に取り掛かる。

 ヘッドセットをつけると別室でスタンバイしているココ助先輩の声が聞こえてきた。


『みんな準備は大丈夫?』


 その言葉に皆が頷いた。

 刻一刻と試合開始の時間が迫るが、そこに焦りはない。

 ここまでやれることはすべてやってきた。

 あとはもう出し切るだけだ。


 私たちは穏やかな気持ちで試合開始を待ち望んでいた。

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