占いの館 星辰と月夜の部屋にようこそ 「夢の影と三つの予言」 

空っ風

第1話 プロローグ


静かな路地裏にひっそりと佇む洋風の占いの館。


古びた木の扉には、小さく慎ましやかな看板が揺れている。


「占い 星辰と月夜の庵」と柔らかな筆致で記されたその看板は、街の喧騒から一歩離れたこの場所に、


不思議な静寂を漂わせていた。




館の外観は、どこか古めかしく、いつ建てられたのか定かではない。


しかし、周囲の近代的な建物とのギャップがあるにもかかわらず、その場に溶け込んでいるように自然と存在している。


訪れる人々も、それを不思議に思うことなく、ただ引き寄せられるように足を踏み入れていく。




占いの館は派手な宣伝もなく、訪れる人の数も少ない。


平日にはせいぜい5人ほどの来訪者がある程度だが、週末や連休には20人ほどに増えることもある。


しかし、いつも数台しか停められない駐車場がいっぱいになることは、もはや記憶の彼方だ。


それでもこの館には、常連客や迷い込んだ人々が引き寄せられ、静かにその扉をくぐる。


ここに集う占い師たちは、そんな空気の中で穏やかに時を過ごしている。




占い師たちは、それぞれ異なる占術を持ち、鑑定室で仕事の準備を進めているが、


今日は特に予約もなく、のんびりとした平凡な午前中だった。




館の中心には談話室があり、そこは占い師たちが休憩や食事を楽しむための空間として設けられている。


談話室は各鑑定室とつながっており、占い師たちが自由に行き来できる、館全体の心臓部のような場所だ。


温かな照明に包まれたこの部屋には、木製のテーブルとふかふかのソファが置かれ、


どこか家庭的で居心地の良い空間が広がっている。




窓の外には紅葉が舞い、11月の冷たい風が館の外壁に絡みつくように吹き抜けていた。


部屋の一角には古びた暖炉があるが、長い間使われておらず、今は飾りとして置かれている。


暖炉の上には古い時計と小さな植物が飾られ、時代の流れを感じさせる。その古びた雰囲気が、


どこか懐かしさと温もりを醸し出していた。




玄関のドアには、訪問者が来ると柔らかな音色を響かせる呼び鈴が取り付けられており、


占い師たちはその音を聞いてからでも、余裕を持って鑑定室に戻ることができる仕組みになっている。




窓際の椅子に座っているのは、星詠みのスピカ。彼女は長い髪を肩に流し、


ノートPCを広げながら星の配置について語っていた。


「金星と火星の位置が微妙だから、今日は恋愛相談が増えるかもしれないわね」と、微笑みながら言う。


その童顔と若々しい微笑みは、彼女がこの館で長年信頼を集め続ける理由の一つだ。


若い見た目に反して、彼女はこの館の最古参であり、彼女の落ち着いた物腰と深い実績が多くの人々の信頼を得ている。


かつては大手に所属していたが、過去については多くを語らず、他の占い師たちもあえて尋ねないようにしていた。




一方、天樹は背筋を伸ばして木製の椅子に座り、九星気学の後天定位盤を真剣に見つめている。


「今の時期は方位的にも変化の波が来ている。職場のトラブルや新しい人間関係の悩みが増えそうだな」と、


生真面目な口調でつぶやいた。


彼は仕事の際には和装を纏い、静かな物腰で相談者に向き合うが、普段はバイク乗りらしいラフな恰好を好む。


彼の静かな姿勢は、長年の経験と信仰心によって裏打ちされ、館に安定感をもたらしている。




壁際のアンティーク調の椅子に腰を下ろしているのは、自称リーディングマスターのセドナ。


彼はタロットカードを手にして軽やかにシャッフルしながら、「今日は運命の輪のカードが出そうだね」と、


冗談交じりに言った。


普段はスーツやジャケットを好む彼だが、占いの話になるとその目は一層輝く。


都会的なカフェやバー、マルシェなどで人と交流することが趣味で、そのフットワークの軽さが彼の特徴だ。




三人は星の動きや時流、タロットの象徴を交えながら、日々の出来事や時事ネタについて和やかに語り合う。


お互いの占術が異なりながらも、共有する時間は三人にとって何より大切なひとときだった。






カラン、カラン……。突然、柔らかな音色で玄関の呼び鈴が鳴った。誰かが訪問者が来たようだ。




その音に反応した天樹は、後天定位盤から顔を上げて「まだ見ている最中だったのに…」


と小さくつぶやき、少し不満そうに紙をそのままにして鑑定室に戻っていく。


その様子を横目で見ていたスピカは、くすくすと笑いながらノートPCを閉じ、ゆったりとした動きで鑑定室に向かった。




セドナは、テーブルに広げていたカードを手慣れた手つきで素早くひとまとめにすると、


「おっと、いよいよ出番かな?」と軽くつぶやきながら急ぎ足で鑑定室へと向かった。




三人とも、これには慣れた様子で、それぞれの鑑定室へとすぐに戻っていく。


tその後、一瞬で館には再び静寂が戻った。


11月の冷たい風が館を包み込む中、占いの館の空気は徐々に動き出そうとしている――それは、星の導き 運勢の流れ、


そしてカードが示す予兆に導かれた、運命の始まりの音色だった。   


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