「さーせん」
「あ?」
「作業中でしたよね…」
カフェを出て少し歩いた所で立ち止まり、謝罪を述べると「あー…別に、時間空いたからやってただけだし」と世にも珍しい素の凛様が降臨して瞬いた。
「…んだよその顔。ヤメロ。通ってた大学が近ぇんだよ」
そうか、それで。大学に用があったのか。こんな所で会うなんて、まさかあたしが下着を怖気付いて買えないまま帰って来るのを見越してカフェ待機してくれてたのかと思ったら違った。熱が引いたから上着を羽織る。
「ん。買収すんな」
もみくちゃにされた偉人を突き返された。良かった、凛様には買収と聞こえていたらしい。
「で? 本当は見てほしいわけじゃねーんだろ」
踵を返して振り返る凛様に付き合ってくれるのか時間は大丈夫なのか確認すると「おまえの所為でそこにも戻れねぇしな…?」と若干、いやかなり憎しみのこもった返事が返って来た。
「マジで“下着”には変わりねーのかよ……」
簡単に事情を説明して、瑞樹さん曰く一伝えれば十はあっという間に理解してくれる凛様を従え、再びのエスカレーター。下着屋さんのある上の階へと運ばれる中、早くも同情を後悔している。
この前松方が熱を出した時くまっちゃんにもシフトを代わってもらってお世話になったばかりだ。お二人ともにも、申し訳なさと有り難さと、
「ぶっちゃけ何色が可愛いと思います?」
これだ。
「知らねーよ…」
なかなかない凛様に見上げられるという状況の中「まじでお願いします。最早自分の価値観が世間とずれてないかさえ不安で仕方なくなってきて」と白状。だってベージュとベージュの親族と黒しかいな(以下略)竹永だ。誰でもいい。自分じゃない誰かの意見をくれください。
「店員に聞けよ」
「知らねーんですか…? あたしみたいなもんは同性に「えっこんな子がこんな下着買うの? 下着可哀想くない? 大丈夫そ?」と思われる事の方が怖ぇんですわ」
「知らねーよ」
いや今知っただろ。
その後短いエスカレーターの旅路では凛様は口を噤んでしまわれ、さっきも来た下着屋さんの前に到着。
「帰っていい?」
「ハァァ…!」
一応まだエスカレーターを降りてすぐ、左に寄った所で二人立ち止まっている。緊張で氷の吐息が出そうだ。
「フッ…見てくださいよ。手が震えてまっせ」
リアルなボス戦の前ってこんな感じなのかな。
光り輝く女の花園(?)を前にして、セーブの役割を持つ(?)凛様が居なかったらあたしはもう一度一階へと逃げ帰っていたことだろう。
「行きましょう」
「は!!?」
強めに腕を引かれてビーン!と身体が突っ張った。この人はさっきから何度驚けば驚かなくなるのだろう。彼の背景では乗り降りする人がチラチラこちらを見ている。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ…! 誰が一緒に店内に入るっつった!? 阿呆か!?」
「バカでもアホウでも構わない。あたしについてきてくれ」
「ふっっざけんな竹永おまえ手どころか足も震えてんだよ誰がそんな頼りねー奴にホイホイついていくか…! っつうか俺はどの立場で! どんな顔しておまえの横に突っ立ってなきゃならねーんだ!? 俺は誰だ!!?」
「西村凛一」
「帰る」
「帰ったら。今ここで帰ったら。大声出しますよ」
「ハッ、誰にそんな脅し文句が通用すると思ってんだよ」
「西村凛一」
「……」
「お願いします。帰るなら今繰り返した凛ちゃん先輩の個人情報を大声で叫び続けつつ『下着見てくれるって言ったじゃん』も交えて声が枯れるまで追いかけます。それでも屈強な精神で帰ったらくまっちゃんに嘘を吐きます」
「…何て嘘吐くつもりだよ」
「凛ちゃん先輩がくまっちゃんに着てほしい下着を買い漁りすぎてお店から出禁喰らったところを目撃しました」
「…………しろ」
「え? 何をしろって」
「…………白!!!!!!!!!!」
凛様のそのお言葉は、ビルの天井を突き抜け月まで届いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます