第16話 令嬢

 にしても俺のことがそんな大ニュースになってるなんて知らなかった。

 最近は画像検索しかしてなかったせいでニュースとか見てなかったのだ。

 しかも聞いたところによるとあの男、俺の免許証を持っていたから俺がダンジョンに入ったってバレたらしい。あんなに自分の身が割れることを恐れていたのに俺の免許証を捨ててないというのはなんて間抜けなんだ。


「んで、お前らはいつまで着いてくるんだ?」


 回復したメルルと共にワイバーンの死体を引っ提げて拠点に戻っているのだが、2人がついてきた。


「私はお嬢様についてきているだけです」


「だって気になるじゃない! 謎のモンスターにダンジョンに不法侵入した男が住んでいる所よ。由美だって気になるでしょ!」


「ミーは聖獣でしゅ! モンスターと一緒にするなでしゅ!」


 どうやら城ヶ崎は好奇心を抑えきれないらしい。そしてメルルはご立腹だ。だが、2人の様子を見るにメルルの声は聞こえていないらしい。


「俺は聞きたいこと聞けたしもう帰っていいぞ」


「ダメよ! まだ私が聞きたいことが全く聞けてないもの! それに忘れないでよね。私が救援要請を出せば貴方はすぐにでも捕らえられるんだから!」


「そうなったら全力で逃げるけどな」


「そうしなくてもいいように、ついて行ってるんでしょ!」


 ……はぁ、めんどくさいことになったなぁ。

 でもまあもう俺がこの層にいることはバレたし拠点まで案内しても問題はないか。ないはずだよな?


「ちょっと! なによその顔! って臭!?」


 ムキになって近づいてきた城ヶ崎が鼻を摘んだ。

 

 ……やめてほしい。そのリアクションはかなり効く。さっきも世良に言われて大ダメージを負っていたのに今は瀕死状態だ。


「水洗いはしてるんだけどな」


「水洗いだけじゃ臭い取れないでしょ。洗剤貸してあげるからそれで体を洗いなさい! 話はそれからでいいわ!」


 なんで城ヶ崎が仕切ってるんですかね。まるで本物のわがままお嬢様だ。


「……はいはい、ありがとさん」


 とは言え、俺はメルルで学習している。この手の相手は反論するとめんどくさいことになるのだ。


「着いたぞ」


 そんなこんなで俺の家(仮)に到着した。


「へぇー、なかなかいい所じゃない……って、ダンジョンで肉を干してるって正気なの!? そんなことしたら近くのモンスターが誘き寄せられるじゃない!」

 

「あー、まあ俺のスキルがあるから大丈夫なんだよ」


「貴方のスキル? 貴方〈魔獣使い〉でしょ? そんな便利系のスキルは習得できないって聞いたけど……」


「テイマー? 違うよ。俺の職業は別だぞ?」


 なにを勘違いすればテイマーだと思うんだ?


「でも貴方そのモンスターを使役してるじゃない」


「誰がカケルの下でしゅか!! その触覚みたいな髪ちぎってやるでしゅよ!」


 メルルが切れた。城ヶ崎の近くまで行って文句を言っている。俺の下ってことがそんなに気に入らないのか……


「あら、可愛いわね」


 そしてそんな怒りを理解できるわけがなく城ヶ崎はメルルのために腰を下ろした。


「メルルとは別口で契約してるんだ。……さっき言ってたのくれ」


 2人のやりとりに笑いそうになるが、石鹸がもらえるならこれ以上に嬉しいことはない。正直体や髪がベタベタして嫌だったのだ。


「別口? そうだったわね。由美、彼にあれを渡して」


「分かりました。……どうぞ」


「おっと、これは?」


 城ヶ崎は世良に命じると世良がカプセルを渡してきた。


「あー、貴方は知らないんだったわね。それはウチで開発している補正用品よ。それを水につけるとカプセルが溶けるとシャンプーとボディソープ一つになった液が出てくるわ」


「ほへー、凄いなぁ……ってウチで開発?」


 時代の進歩ってすげぇなんて思っていたらある言葉が引っかかった。


「あら、貴方私のこと知らないの? 私は城ヶ崎コーポレーションの令嬢なのよ」


「城ヶ崎コーポレーション!?」


 俺でも知ってるような有名な企業だ。

 色々な商品やサービスを展開していて、つい最近ダンジョン産業にも参入したということで話題になっていたはずだ。


「ええ、まあ話は後にしましょう。先に貴方は体を洗ってきなさい」

 

「分かった」


 城ヶ崎が思っていた以上に金持ちでびっくりした。まあでも別に城ヶ崎自身がすごいってわけじゃないんだけど、やっぱりビビるよな。

 そんな事を考えながら湖へ向かうのだった。


「ふぅー、スッキリしたぁ」


 久しぶりに石鹸で体をお陰でかなりスッキリした。あれからついでに服用の洗剤も貰って服も洗っておいた。だから今はアングリーベアの毛皮で作った一枚布を羽織っている。


「……その格好をしているとますます原始人みたいね」


 洞窟の中で俺の椅子に座っている城ヶ崎がそんな事を言った。世良はその横に控えるように立っていた。

 メルルは専用のベッドの上で包まっている。

 

「うっせ。……洗剤ありがとな。お陰でスッキリした。ついでになんだけど髭剃りとかもってないか?」


 正直髭も剃りたい。

 邪魔ってことはないけど鬱陶しいんだよな。


「あるわけないでしょ? 私達は女なのよ」


「でもあれならあるだろ。あのー、なんだっけ? ムダ毛処理用の剃刀だ! あれでいいから貸してくれね?」


「このバカ! 仮に持っていたとしてもアンタに貸すわけないでしょ!」


「……きも」


 城ヶ崎は顔を真っ赤にして怒り、世良はゴミを見るようにぼそっと言葉を漏らした。

 もしかして今のはかなりモラルの低い発言だったのか? めぐるがいつも常備していたからそれを思い出して余計なことを言ってしまった。


「ははっ、冗談。冗談です……はい」


「そうには聞こえなかったけど? まあいいわ。本題に入りましょう。貴方の職業は何? なんでダンジョンという危険な場所で拠点、というよりも家を作れているのかしら?」


 んー。なんて答えようか。ネットには職業ニートなんて乗ってなかったし、本当のことを言うと面倒なことになりそうだけど、ここまで連れてきたら全部話すのも変わらないような気がする。

 それに城ヶ崎家の令嬢ならネットに乗ってないことも知ってるかもしれない。


「実は……」


 それから俺は俺の職業やメルルが聖獣メリクリウスであることなどを話した。

 ダンジョンの先に異世界があることなどは一応伏せておいた。


「職業ニート……聖獣メリクリウス……ドラゴン……どれもその一つでトレンドを取れるほど話ばかりじゃない!」


「ってことは城ヶ崎は何も知らないんだな」


 城ヶ崎の驚きを見るに何も知らないのだろう。話して損した。無駄に自分の情報を渡してしまった……


「当たり前でしょ! 私は冒険者としては中堅クラスなんだからそれ以上のことを知ってるわけないじゃない!」


 そうだったのか。ん? でもなんで……


「なんで金持ちのお前がダンジョンなんか潜ってんだ? それも配信なんてしながら」


「最近社内でダンジョン配信者の事務所を作ろうとしているのよ。そこに私がパパに立候補して責任者を任せてもらっているの」


「はー、なんつーかエネルギッシュだな。じゃあ世良は城ヶ崎がスカウトしたのか?」


 ニートの俺からしたら考えられない。実家が金持ちなら俺ならシロアリのように寄生してやるけどな。


「いえ、パパが本社から人材を貸してくれているのよ。由美は本社でも結果を出しているエリートなのよ」


「恐れ入ります」


「こんな感じで面白みには欠けるけど仕事はできるのよ」


「お前中々失礼なこと言うな。まあでもそっかー。城ヶ崎家の令嬢ならメルルのこと知ってると思ったけど知らないのか」


 まあこればっかりは仕方ないか。


「ダンジョンの事を聞くなら私に聞くより適任者がいるじゃない」


「適任者?」


 そんな人いるっけ?


「貴方の妹、めぐるさんよ」


「めぐる〜? 言ったろ? アイツは俺のこと嫌ってるし、俺犯罪者になったんだぞ。今度アイツにあったら絶対殺されちゃうよ」


 今もしも再開したら……そんな事を考えるだけでも恐ろしい。下手をしたら細切れにされてトイレに流れちゃうんじゃないだろうか。


「そうなの? ニュースではめぐるさんが貴方のことを探す為にダンジョンに潜っていると聞いたけど」


「は? 俺を探す為に?」


 ……どういう風の吹き回しだ?


「えぇ……っ!?」


 すると城ヶ崎は突然驚いた顔をした。横にいる世良も同じで声には出してないが驚いている。


「何驚いてんだ? まさか噂をしてたら本人が来たってか? ありえないだろ」


 ハハッと笑いながら言ってやると後ろから声が聞こえた。


「……兄さん」


 俺の動きがピシッと止まる。

 

 この聞き覚えのある声は……ゆっくりと後ろを見ると、動きやすそうな防具を纏ったボブカットの黒髪の女の子がいた。左の目尻にはほくろがあり、幼さの割に色っぽさがある顔立ちをしている。

 

 俺の妹である、めぐるその人である。

 

「う、うそん……」


 俺は驚きのあまりそんな言葉を漏らすのだった。

 

 

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