第22話

 それから俺は吉田の淹れてくれたいくつかのコーヒーに口を付けて、どれが一番飲みやすいかを答えるという作業をした。


 コーヒーが苦手ではないし、どちらかというと好きな方だけれど、ブラックコーヒーを飲み回していくのはなかなかに胃に負担がかかる。


 結局、10杯近くあるコーヒーを三口ずつぐらい飲んで、飲みやすかった順に並べていく作業を終えたところで、今度はデザートに口を付けていく。


「無理しなくてもいいからね」


 なんてお腹をさする俺に苦笑いを浮かべながら眺める吉田。


 吉田の作ってくれたケーキもパフェもパウンドケーキもどれもこれも美味い。


 これ本当に全部吉田が作ったのか? と、失礼極まりない疑問すら浮かべてしまうほどに彼女の腕はかなりのものだった。


 が、吉田と楽しくて美味しい時間を過ごしていると、必然的に明日花のことを思い出さずにはいられない。


 吉田にケーキを振る舞ってもらっている場合じゃないんじゃないか?


 もちろん明日花は『文化祭の準備も大事だ』と言ってくれたが、やっぱり彼女の誕生日を祝ってやりたいというのが俺の偽らざる本心だ。


 穴埋めはするつもりだけれど、自分が誕生日を忘れていたことや、一番誕生日を祝って欲しい日に祝ってやれないという事実は罪悪感となって俺を襲う。


 ましてや明日花はいつも欠かさず俺の誕生日を祝ってくれているのだ。


 ほんと酷い奴だよな……。


 どうすれば明日花を喜ばしてやれるだろうか……。


 なんて考えながらケーキを食べていると「鎌田くん、どうかな?」と不安げに吉田が訪ねてきた。


「え? う、うん……どれも美味いぞ。正直甲乙つけがたい……」

「そうじゃなくて、男の子にもできるかなって話だよ。今言ったやり方なら料理経験のない男の子でもできるかな?」

「え? う、うん……」

「鎌田くん、私の話聞いてなかったでしょ?」


 と、そこで吉田が少しむっとした顔で俺を見つめてきた。


「ご、ごめん……」

「いいよ」


 いかんいかん……。


 明日花のことを考えすぎていた。


 明日花のお誕生日も大切だが、それ以前に今の俺は文化祭の準備をしているのだ。


 明日花に申し訳ないと思う気持ちはあるけれど、今、目の前で起きていることをおろそかにすることは吉田に失礼だ。


 ぶんぶんと首を横に振って、彼女が手渡してくれたレシピを眺める。


 さすがは吉田である。レシピには写真付きで丁寧に、なにになにを入れて作れば良いかが細かく、それでいてわかりやすく書かれていた。


「基本的には調理室にあるもので全てできるようになってるよ。それに包丁みたいな汚しそうな調理器具も極力使わないように工夫してみた」

「多分、ここに書かれていることなら俺にもできる……と思う。確証はないけれど」

「実際にやってみないとわからないかもだね。まあ、当日は私も調理室にいるしわからないことがあったら直接指導はできると思うけれど……」

「それは心強い」


 見たところ混ぜた物を焼くだけだから大丈夫だとは思うけれど、実際にやってみないとわからないしな。俺以外にも料理はほとんどやったことのない奴はいるだろうし、吉田がつきっきりで見てくれるならそれにこしたことはない。


「じゃあとりあえずこのレシピを採用して文化祭前日に一気にケーキを作ることにするね。先生からは冷蔵庫を使っても良いって言ってもらってるから保管は問題ないと思う」

「ほんと、なにからなにまでやってもらって申し訳ない……」


 吉田を見ているといかに自分がダメ人間なのか痛感させられる。


 頭が痛くなるのを感じていると、ふと吉田はニコニコ微笑みながら俺を見やる。


「鎌田くん、戦力外」

「は、はいっ!?」


 ニコニコと微笑みながら唐突に物騒な言葉を口にする吉田。


「せ、戦力外ってどういうことっすか?」

「そのままの意味だよ。今日の鎌田くんは使い物にならないからもう必要ないってこと」

「ぼーっとしてたのは悪かった。今からは真面目に――」

「戦力外」

「ご、ご無体な……」


 唐突に戦力外を告げられた俺。


「大丈夫だよ。明日以降の鎌田くんはきっと力になってくれるって信じてるから。けど、今日は私一人で進めた方が効率がいいから帰っていいよ」

「…………」


 確かに吉田の言うとおり今日の俺はまったく戦力になっていない。彼女一人で決めた方が色々と効率がいいのは確かだ。


 が、さすがに面と向かって戦力外通告をされるのはなんともくるものがある……。


 どうやら俺の気持ちは表情に表れていたようで「そんな悲しい顔をしないで」と吉田はクスクスと笑う。


「そりゃ戦力外って言われたら悲しい顔もするさ」

「でも悪いことだけじゃないんじゃない?」

「どういうこと?」

「今から帰れば三宅さんと一緒にいられるんじゃない?」

「あ、明日花とっ!?」


 どうして明日花の名前が出てくるんだ?


「鎌田くんずっと三宅さんのこと考えていたんでしょ?」

「え? いや、そういうわけじゃ……」

「鎌田くんって嘘が苦手だよね?」


 どうやら俺の嘘はバレバレのようである。


「実はさっき待ち合わせの前に三宅さんと会ったんだ。なんだか三宅さん傍目で見てもわかるぐらい、しょんぼりしてたよ?」

「ま、マジか……」


 そりゃ誕生日を忘れられたんだ。明日花がしょんぼりするのも無理もない。


「それで事情を聞いたんだけど、なにも教えてくれなかったんだよね。だけど鎌田くんの名前を出したら「はわわっ」って……」


 どうやら俺以上に明日花も嘘を吐くのが苦手のようだ。


「実は今日は明日花の誕生日でして……そのことをすっかり忘れてて」

「じゃあ悪いのは鎌田くんってことだね」

「返す言葉もございません……」


 いや、ホントに……。


「私は三宅さんがしょんぼりするのに加担したくないの。だから今日の鎌田くんは戦力外。これ以上の説明はいる?」

「いえ、ございません……」


 なんとも情けない結末である。が、吉田がこう言ってくれているのだ。ならば俺のやることは一つしかない。


「吉田、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」


 彼女にお礼を言うと、俺は鞄を手に取って吉田邸を後にするのであった。

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