第10話
全国大会での優勝を剥奪された真田圭一は、自己嫌悪と絶望に苛まれていた。彼の心の中には、何が正しかったのかを問い続ける思いが渦巻いていた。周囲の視線は冷たく、彼の心をさらに締めつける。
しかし、その混乱の中、真田は密告者が誰なのかを考えるようになった。彼は自分の行動がどれほどの影響を与えたのか、そして誰が彼を裏切ったのかを知りたいと思った。しばらくして、彼は驚愕の真実に気づく。
山田だった。真田の親友だと思っていた彼が、自分を裏切り、事前に部のみんなを味方につけていたのだ。これまでの彼の言動がすべて計算されたものであり、真田を陥れるための罠だったことに愕然とした。
「どうして……」真田は呟く。彼が仲間を信じ、共に成長してきた道のりが一瞬にして崩れ去った。山田が密告した理由は明らかだった。ソフト指しが明確なマナー違反であり、彼はそれを根拠にして真田を貶めることで、彼自身の立場を守ろうとしたのだ。
真田の心は混乱していた。彼は将棋を愛していたし、仲間たちとの絆を大切にしていた。それなのに、どうして信じていた人に裏切られなければならなかったのか。彼は自分の選択を悔やむと同時に、山田に対する怒りが心の中で膨れ上がっていくのを感じた。
学校に行くと、クラスメートたちの視線が一層冷たく感じられた。噂はますます広まり、彼を避ける態度が顕著になっていた。真田は自分の居場所がどこにもないことを痛感し、孤独感がますます強くなった。
その日、部活の時間になり、真田は部室に向かった。ドアを開けると、仲間たちが彼を見つめる視線が一斉に集まった。山田が真田を指さし、言った。「こんなやつを受け入れる必要はない。彼は不正を働いたんだ!」
その瞬間、真田の心はさらに重くなった。彼が信じていた仲間たちが、山田の言葉を信じているのだ。彼は必死に説明しようとしたが、言葉がうまく出てこなかった。「違う、俺は……」その声はかすれ、誰にも届かない。
「もういい!お前には帰ってきてほしくない」と、山田の言葉が真田の心を突き刺した。部員たちの目に映るのは、彼が「不正者」としての姿でしかなかった。
真田はその場を離れ、涙が止まらなくなった。部室の外に出ると、彼は冷たい風に当たりながら、頭を抱えた。これまでの努力や友情が、一瞬で崩れ去った現実が信じられなかった。
家に帰ると、何も手につかなかった。部屋の隅に座り込み、ただ呆然とする日々が続いた。彼は心の中で、山田のことを考えずにはいられなかった。「どうして、あんなことを……」
次第に、彼は自分の感情が制御できなくなっていった。怒りや悲しみ、孤独感が彼を蝕んでいた。将棋の楽しさが失われ、彼の心は闇に包まれていた。
数日後、ネットの掲示板で山田の名前を見かけた。彼は自分の行動を正当化するかのように、自分の側に立つ人々に支持を求めていた。真田の心はさらに痛み、彼は強い憤りを感じた。
「このままじゃいけない……」真田は心の奥で叫んだ。彼はこの状況を変えなければならないと思った。山田に対する復讐心が芽生えたのも事実だったが、それ以上に彼は自分を取り戻したいと思った。
真田は決意した。仲間たちを裏切った山田に対抗するため、自分自身を立て直し、再び将棋を通じて自分の道を歩む覚悟を決めた。彼は心の奥に残った将棋への情熱を再燃させるため、一歩ずつ前に進むことを決めた。
それから、真田は過去の失敗を振り返りつつ、自分の力を取り戻すための努力を始めた。孤独な時間の中で、彼は将棋の本を読み、戦法を練り直し、実践的な練習を重ねていった。誰にも言わず、ただ自分のためだけに孤独な日々が続く中、真田圭一は将棋への情熱が少しずつ薄れていくのを感じていた。彼は自力での上達を目指し、努力を重ねたものの、その道のりは険しかった。過去の栄光が彼を苦しめ、山田の裏切りが心の中で重くのしかかっていた。
将棋は彼にとって楽しみであり、仲間たちとの絆を育む手段だった。しかし、今やそのすべてが失われてしまった。真田は自分の努力が報われず、挫折感に苛まれていた。
「もう、どうしていいかわからない……」真田は呟いた。ソフト指しをしていた時の快感と、仲間たちと共にあった日々が恋しくてたまらなかった。しかし、彼はその選択がもたらした結果に直面しなければならなかった。
「このまま続けても、無駄なのかもしれない」と思い始めていた。自分の実力を伸ばすことにどこかもどかしさを感じ、将棋の楽しさを見失ってしまった。彼の心の中には、もう将棋を続ける理由が見当たらなかった。
そして、ついに真田は決断を下すことにした。「もう、将棋をやめよう」と彼は心に決めた。これまでの努力や情熱が水泡に帰してしまった今、彼は新たな道を模索する必要があると感じていた。
彼は将棋部に最後の挨拶をすることにした。部室に向かう途中、胸が苦しくなった。あの場所にはかつての仲間たちがいて、彼との思い出が詰まっていた。しかし、彼はその思い出が今は痛みとなっていることを知っていた。
部室のドアを開けると、部員たちの目が彼に向けられた。真田は一瞬ためらったが、意を決して口を開いた。「俺、将棋をやめることにした」と告げると、静まり返った空気が流れた。
「何言ってるんだ、真田!」と山田が声を上げた。「お前がやめるなんて、そんなの……」
「でも、もう続けられない。これ以上、自分を苦しめたくないんだ」と真田は冷静に返した。その言葉に、部員たちの反応は分かれた。驚きや戸惑い、そして少しの理解が交錯した。
「自分の選択を尊重するよ」と直樹が静かに言った。その言葉に少しだけ心が温まったが、真田は自分の選択が正しいのかどうか、不安が消えなかった。
彼はそのまま部室を出て行った。背後からの視線を感じながらも、彼は振り返らなかった。これからの道を見つけるため、将棋と決別する覚悟が必要だった。
家に帰ると、真田は将棋の道具を整理し始めた。将棋盤や駒を一つずつ触れながら、かつての熱意や仲間たちとの思い出がよみがえってきた。しかし、それを手放すことで新たな一歩を踏み出せると信じていた。
「これで、終わりなんだ」と彼は心の中でつぶやいた。今後は、別の道を歩むことを選んだのだ。将棋は彼にとっての青春だったが、その青春を断ち切ることで、彼は新しい自分を見つけ出そうとしていた。
真田は深呼吸をし、新たな未来に向かって一歩踏み出す準備を整えた。将棋のない生活がどんなものになるかはわからないが、彼はその未知を恐れずに受け入れる覚悟を決めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます