No.23 未熟な皇女のつがい星


 

 空を駆けていた。

 ピンと張った冬の空気がひしめく暗黒の天空に、恐ろしい程に巨大な月光が刺す晩。そんな夜空を彼女と二人で――


「こんな、こんな魔法があるなんて……空が近い。月に手が届きそう」


「そうだな。人が空を飛ぶなんて、ふざけた世界だと思っていたが」


 アンリエッタが黒を纏った男を見上げると、全身の血液が顔面に集まっていくような感覚に襲われた。「空を飛んでいる」興奮が羞恥心で上書きされそうになってしまい、真っ赤になった顔を急いで背ける。


「今は、まんざらでもない気分だ」


 薄い、薄い笑みではあった。

 無表情男が見せたその心の隙に、アンリエッタは高鳴る心音を聞かれまいと必死に抑える。


「は、はうぅ」

「寒いか? Lv4の能動結界が効いているはずだが」

「いま顔見ないで! 見ないでください!」


 ただでさえ今、生まれて初めて大の男に抱きかかえられて夜空を滑空しているのだ。されど全く空気抵抗を感じさせず、重力操作により、それこそ雲に包み込まれるような快適さ。そして落ちてきそうな満天の星空は吸い込まれそうに美しく、されど地上の景色はみるみる景観を変えているというこの状況。


「すまない凍えさせてしまったか。着地は苦手だが亜音速飛行には自信があったのだが」

「ち、違います違います最高です。全部素敵ですからぁ!」


 最高のシチュエーションに悶絶していたアンリエッタが急いで顔を上げるものだから、その拍子にユウィンとアンリエッタの鼻がかすめる。


「そうか。よかったよ」

「ひ、ひゃぃです」


 彼女の喉から出た謎の言語コードに再び薄く微笑み前方を見れば、地平線の先に輝く都市が見える――辺境の大都市の光。


「お、大人の余裕というやつですよね。私だってあと二年もすれば」

「俺からすれば、君はもう十分大人だよ」

「もう、からかわないで下さい」

「冗談は苦手だ」

「ほんとずるいです。ユウィン様は」

「そうだ。大人はずるくて臆病なもんだ」

「ユウィン様?」


 でも、君は違うから。

 連れて来たかったんだ此処へ。


 トロンリネージュ王国最北端。

 魔人領との境目の街。

 暗黒の夜に現れた星々よりも輝く街――大歓楽街ブルスケッタの光だ。





 ――未熟。

 その言葉は俺にこそふさわしいだろう。


 俺の代わりに壮絶な死を遂げた女。


 なぁ…マリィ。


 初めの頃はこう思っていたよ。


 ”仇を討ってやる魔人を殺してやる”


 それから年月が滝のように流れ。


 ”アイツに逢いたい。生き返らせたい”


 そんな事は不可能。

 解っていたのに只々年月だけが経過する。気付いていたあの気持ちに蓋をして。


 ”マリィが生きていたら、今の自分をどう思うだろうか”


 仇を討って欲しい。生き返らせて欲しい。


 ”そんな事をアイツは望むたろうか”


 全て己の為にやってきたのではないか。それに気付かないように心の底に閉まっていただけではないのだろうか。


 ”マリィは俺を恨んでいるかもしれない”


 薄れ征く思い出を忘れない為、俺は思い出を復讐に乗せた。それしか無いと思い込み、君がくれた大切な名前を辱め、過去の英雄――魔人殺しなどと謳われて頭に乗って。


 しかし真意はただ――四百年もの年月を生きた俺が、ずっと考えてはいけないと思っていた答えは普通の人間おとこと変わらない。あの天空から照らす巨大な月には到底及ばない、ちっぽけな、ありふれた、安い言葉だ。


 ”アイツは俺の幸せを願ってくれている”


 心からそう、思えること。


 君達は俺を救ってくれた。

 だから行こう。始まり街へ。


 君は、君達は俺なんかより遥かに強い。


 自分を未熟だとのたまう皇女。

 とても敵わない。

 そんな事が言えるのは――星となった君の親友くらいのものだ。



 ◆◇◆◇



「恐ろしい程に旨い」


 舌から感じる美味と喉を通る余韻に、王宮の朝餐場には似つかわしくない不吉な黒を着込んだ男、ユウィン=リバーエンドは思わず声を漏らした。


『でしたらそんな不味そうな顔しないで下さい。給仕さんが何事かと慌てていますから。あらほんと…おいしっ』


「Dよ。お前此処の生活気に入ってるだろ」


 ピクルス。

 キュウリやにんじん、パプリカなどを砂糖と香辛料をぶち込んだ酢で漬ける。それだけの料理の筈である。御家庭やら漬ける場所で味が違うといわれているが、この朝食に出た付け合わせの類いは別格であった。メインである焼きたての白パンと豚バラの燻製が霞む程に。


「このピクルスはあの執事が作っているんだぞ。そう思うと安心して食えんだろうが」


『これはメロン? 違いますね瓜のピクルスですか。素晴らしい』


「王宮の生活に堕落してやがる…この駄竜め」


 元竜王であるDには久方ぶりの規則正しい生活なのだろう。いつもはユウィンの大太刀に潜んでいるドラゴンの女王は、朝から主人すらも見たこともない笑顔で舌鼓を打っている。


『当分此処にいるのも良いかもしれませんね』


「やれやれ人の気も知らんで」


 アンリエッタは城内に部屋まで用意してくれ、迎賓扱いのユウィンとDは三食昼寝付きの好待遇を受けていた。そして城の何処へ行っても許されるものだから左程暇も持て余していない。快適だったのだが一つだけ不満があった。


「あのじーさんさえ居なければ、な」


 クロード=シウニン=ベルトランという執事。

 ヤツはユウィンが此処から逃走しないよう”気”を城内に張り巡らせているのだ。それも四六時中である。


(いつ寝てるんだ…あの超人は)


 感情が常人の半分しかないこの男でも、二十四時間オーラスキルで監視されれば気疲れもするというもの。


「落ち着かん。先に出る」

『マスター』

「なんだ」

『今夜もピクルスが食べたいので』

「食えばいいだろう」

『だから今日は、此処にいます』

「……」


 ドアを引いて廊下に出る。


(まったく、なんということだ。この俺が)


 相棒にはすっかりバレていたようだ。

 落ち着かないのが、あの執事のせいだけではないという事に。


「まったく俺という奴は……いくつになっても」

「それは私も興味深いですな」


 ――ボッ!


「気が抜けていた割には鋭い」

「余裕で止めた奴の言うセリフじゃないと思うが」

「これはこれは。貴方でもそんなお顔をされる事があるのですね」


 背後から現れた――否。恐らくは初めから扉の脇に立っていたのであろう。薄ら笑いを浮かべる執事クロードに小太刀に手をかけた腕を掴まれてしまった。


「城内で抜刀されては目立ちますぞ。ユウィン殿」

「索敵武装気を張りながら気配まで消せる人間がいるとは思わなかったな」

「さて、何のことでございましょう」


 そのまま背を向けて歩き始める執事。これは着いて来いという意味だろう。やれやれとその背につづく。途中――アンリエッタの叔父であるシャルルが共をつれて横行に近付いてくるのが見えた。感情の乏しいユウィンには何処吹く風かといった感じではあったが、会う度にやれ「蛮族」だの因縁を付けてきたように思う。しかし本日は正面から歩いてくるクロードに気付いた瞬間に眼を反らし、道を空けて壁側に沿って足早に通り過ぎてしまった。聞いた話によると魔人を招き入れた先日の事件に関わっていたとの事。


「アンタの仕置なんて考えたくもないな」


「さて何のことでございましょう」


 恐ろしい執事である。

 王族にも圧力をかけられるとは。出来うる限り絡むものかと今一層に心に刻んでいると、来客用の部屋に通される。


 そこで出くわしたのは見知った顔。


「あぁアンタかい。こんな所で出くわすとは、魔人殺しから宮使いにでも転職したのかい」


「俺に務まると思うか?」


「ククッ…思わないねぇ」


「お互い似つかわしくない所で会ったものだ」


「迷惑な話だったよ全く」


 錬金術師アンコリオ。

 その技術と知識は創世記から受け継がれ大陸一を冠する一族の末裔であるが、王室と直接関わるような人間ではない。理を追求し、勢力に与しない孤高の一族であるからだ。


「何用で此処へ」


「此処の姫さん…いや皇女さんたっての依頼でな。内容に少し興味もあった」


 嫌な予感がした。


「だが来てみればなんて事はない。エルフ領火口に咲くマンダラの花とドルトレイクに沈む魔石アクアライフ採取の依頼だ。王族が考えそうな事だ」


 やはり。


「死者を蘇らせる魔薬を作ってくれとよ」


「そういう事か」


「だがその知識は間違っている。その素材で出来る魔薬はアンタも良く知っているだろうククク」


装う者ジューダス……か」


 感情を揺さぶっていた違和感の正体は――彼女が自分と同じ鉄を踏もうとしているのではないかと。


「そうだ。それをハッキリ言ってやったら、あの執事に此処に通されたというわけだ」


「彼女は」


「んん?」


「彼女はそれを聞いて、どうだった」


 初老の男は目を丸くする。

 まるで奇妙なモノを見るかのように。


「驚いたなアンタが他人の事をねぇ。こりゃ良いものを見たもんだ」


「色々あってな。で」


「んん?」


「どうだったんだ」


「あぁ、愛想の無い返事だったよ」


「本当か」


「そうですか。だとさ」


「本当か」


「つっかかるねぇ。でもまぁ…」


「なんだ」


「噂ではあの娘、文武両道無敵のお姫様とか言われてるだろう?」


「あぁ」


「だがワシ等くらいのが見ればまだまだ未熟。あれはなぁ……」


 その場にいなくても何となく解る。

 プライドの塊のような彼女の手は震えていたのだろう。堪えていたに違いない。涙というヤツを。


「強がってるだけの、ただのお嬢ちゃんだ」


「……そうか」


 何なのだろうか。

 この胸の…因子核のつかえは。自分はいったいどうしたいのであろうか。


「アンコリオ」


「とんだ無駄足だったが、アンタの情けない顔が見れただけでも良しとするさね」


「いい性格してるよ昔から、お前ら一族は」


「感情を半分失っているアンタが皇女さんの心配をねぇククク」


「あぁそうだ約束だったな」


 机に紫色の結晶を置く。


「おぉ! おぉ! 魔人核! 忘れとったら毒を盛ってやろうと思っとったが!」


「当分依頼する気はないんでな。餞別だ」


 席を立ってドアノブに手をかけた。


「ただアンコリオ。この国では魔人核の所持は重罪だ。そんなもん持ってこの部屋から出たら」


 興奮して聞いていないようだから丁度良い。


「怖い執事に仕置をくらうかもな」


 意地の悪い事だ。

 アンコリオの言った通りやはり自分は、少し変わったのかもしれない。そして――


「頼めますか」


 扉の脇から執事の誰に言ったとも取れない声。ただ、長年彼女を見てきた男の眼に涙が光っていたような気がして、俺にはそれがとても羨ましく思った。


 シーラ=アテンヌアレーは俺にアンリエッタを助けてくれと依頼した。そして俺はそれを受けた。恐らくあの子の最後の願いは、自分の遺体を埋葬させる事。


 親友の死を乗り越えさせる事なのだろう。



 ◆◇◆◇


 ザッ…ザッ…ザ…


 夜の園庭をゆっくりと歩く男がいた。


「なぁ俺……お前はどうしたい」


 トロンリネージュ城中腹に位置するこの場所の頭上は空、目の前には庭園という男女の秘め事にはうってつけの場であろうが、一人佇むソイツにはそぐわない代物だろう。月と星の光が男が纏う漆黒を照らし。


「アンリエッタは俺と同じ、過去を忘れられない。そしてそれを忘れられない俺に彼女を救うことは出来ない……か」


 怒りと哀しみが欠落し不安定になっているユウィン=リバーエンドという男の脳は、哀しいという気持ちが理解は出来るが感じる事が出来ない。なのにあの娘、アンリエッタの辛い顔は見たくないという気持ちが湧いてくる。何とかしてやりたいと思えてくる。だが考えた所で膨大な経験からなる”絶対に解らない”という結果を脳は即座に導き出してしまう。


「魔人を狩るより大変だな……これは」


 この場所から見える城下街の光を見ながら苦笑していた男の視界に、何か金色の光が横切った気がして振り返ってみれば、ガラスで作られた温室に明かりが灯っているように見えた――そして声が二つ。


「そ、そんな勝手に」


「何が不満なの? 御相手はアテンヌの第一王太子。お友達の弟君ではありませんか」


「お母様!」


「皇后とお呼びなさいアンリエッタ」


「申し訳……ありません」


 顔は似ているが、比べてみると北風と太陽ほどに違うだろうか。凍てつく氷河を思わせる女豹。その女の叱咤に言葉を詰まらせたのがトロンリネージュ第一皇女であるアンリエッタである。いつもは暖かい月を連想させる彼女は終戦後の激務と親友の喪失から、明らかに疲弊の色が出ており冷静さも欠いているように見える。


「このタイミングで…なんて」


「アテンヌはシーラ姫の喪失を咎めるどころか、当国を憂いて縁談を持ちかけて来ました。あそこは属国…同盟国とはいえ西からの流通で富を蓄えている大国です。戦後の復興に巨額を投じないといけない当家に、これ以上の良縁はないでしょう」


「それでしたら、改善案を提出したではありませんか」


「三国連合の武道大会を開くとかいうアレ? 魔法狂いカターノートの因子持ち共とゼノンの乞食達を、この歴史と名誉あるトロンリネージュに招くと? 常々言っていますがアンリエッタ、貴女の政策は先進的と言えば聞こえは良いですが、その言葉は貴族の世界では不適切な案と言うのです」


「今まで通りの圧政で我が国が良くなると、本当に思っているのですか。お母様は」


「皇后、と」


「魔人襲撃で弱ったトロンリネージュに差し伸べる縁談が…良手だと」


「アンリエッタ」


「お母様は名誉だとかいう無駄なお飾りが、そんなに大事ですか」


「お前のような者は名君ではなく、迷君というのですよ」


「私の…私のやってきた事が」


「結果。お友達も死んで国庫は底をつき、今の有り様ではありませんか?」


 どれだけ自分が苦労してきたと思っているのか。

 アンリエッタは涙腺から分泌させそうになったモノを必死で堪える。保身の為先代アドルフ王の急死と共に自分を担ぎ上げた母。でも、内政など全く解っていない貴族のお嬢様出の母が言った一言は、アンリエッタの疲弊しきった心に突き刺さった。


 シーラも死んで、国もボロボロではないか。


 疲れ切った心から出てしまいそうになる――弱音が。

 お母様はやっぱり私を慰めては下さらないのですね。という諦めの念。


「縁談の件は私が了承しておきます。早々に準備を進めるように」


「おか、お母様は私なんかより」

「折れる枝より大木が実らせる水音を聞け。という言葉がある」


 紫の瞳を潤ませるアンリエッタの言葉が遮られた。低く聞き取りづらく、高貴な温室に場違いな、男の声。


「エルフ領ロストキングダムの格言だ。ようは、家を建てるのに若い木を使うくらいなら木が大きくなるまで待て。とかいう意味なんだとさ」


「その身なり、平民か? 此処は王族専用の園庭なのだけれど」


「ユウィン…さま」


「木が育つまで、というのが如何にも長寿の森人らしい言葉だ」


「消えなさい下郎。人を呼びますよ」


 アリエノールが手を上げたと同時に、温室に気配のない気配が現れた。


「娘さんが行っているのは十年、二十年先を見越しての政策だ。対してアンタの案は目先の金のお話だ。中途半端な大人って奴は無駄に失敗を恐れてしまうもんだよなぁ。解るよ」


「お前などが入って良い話ではない。消えよ」

「やめてお母様!? ムラクモ待ってその人は」


 ――グワン――


 皇后アリエノールの声と同時に、飛び出した六つの人影の動きが止まる。


「やめておけ。これでも少しは武装気を使う」

「つ、強い」


「何を恐れているそれでも暗部か!?」

「皇后様この者…”魔人殺し”です」


 アリエノールの顔色が一変する。


「魔人100体を斬り殺したという…あの」


 どうやら噂に尾ひれが付いているようだが今の状況には丁度良い。


「大人は怖がりぐらいのが丁度良い。現に俺より弱いアンタらは今、生きている。だからって綺麗な新芽を摘むのはまた別の話だ」


 アリエノールは即座に踵を返す。


「今日の所は御暇しますがアンリエッタ。話は通しておきますよ」

「お母様!」

「そのまま聞いてくれお嬢さん」


 お嬢さん? 見た目から年はそこまで変わらないだろう。だがまるで自分が遥かに年上で目上であるかのような言葉に聞こえ、皇后の背中に苛立ちが指した。


「王都の冬を退けた英雄だとか言われてるらしいわね。だからと言って」

「俺はアンタの娘を守ると決めている」


 まただ。

 この無表情男の言には圧がある。


「アンリエッタの望まない事をさせるつもりはない」


 暗部の忍達にも緊張が走った。


「俺を止めたければ全軍を挙げてかかってこい。今度は手加減などしない」


 静かな温室に皇后の歯軋りが響きそして消えた。気配の無い者達と共に。



「すまないな」


「え?」


「解ってほしかったんだろうに」


 母親に。

 夜の温室の空気を風がさらっていく。二人きりになった気恥ずかしさを拭うように。


「ユウィン様って、何でも解っちゃうんですね」


「そんな事はない」


「アンリエッタって」


「あぁ悪い」


 呼び捨てにしてくれとこの前言われたが、あれは随分と取り乱していた時の事だ。更には勝手に「守る」などとのたまってしまった。図々しいとか、勘違い野郎だとかにも程があるかと頭を掻く。


「呼んでくれて嬉しかった、です」


 背中を向けている彼女の耳が赤い。


「ユウィン様には、カッコ悪い所ばかり見られちゃいますよね」


 だが、彼女の声には寂しさが乗っている。


「シーラならこんな時、冷やかしてくれるのに」


 会いたかったな、もう一度。

 彼女の唇がこう動いていたように思う。


「これで良かったって、思うべきなんでしょうけどね」


 王都の冬は去り、事件のお陰で自分は王室を掌握しつつある。


「でも考えてしまうんですよ」


 彼女はそれ以上言わなかった。時間と風が静かに流れたが、多分こう言いたいのであろう。”あの時シーラを此処に呼ばなければ、あの子は死なずに済んだんじゃないか”と。未熟な自分のせいで友達を死なせてしまったと。


「前に言ったな」


 彼女は振り向き、視線が重なる。


「全ての人間の業を受け止める事は出来ないと」


 あの時は――いや、ついさっき迄自分をアンリエッタに重ねていたが。


「今は、キミになら出来るかもしれないと思ってる」


 この娘は自分とは違う。

 もしあの時あぁしていればと夜空を、天を見上げたコイツとは。重い雪を肩に乗せて、地面を見つめ歩いてきた自分とは。


「ユウィン様って、何でも解っちゃうんですね」


 私の…ほしい言葉まで。


「バカ言えそんな事…」

「ずるいですよ」


 泣きたくて頼りたくてすがりたいのに。


(そんな顔するんだな)


 不思議だ。


「なぁアンリエッタ」


 自分でも驚いたことに、声に出ていた。


「散歩するには良い夜だ。付き合え」

「?」


 満天の星が輝く暗闇色の空を駆け抜けて――俺が始まったあの街へ。


 首を傾げる、君を連れて。 




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