僕の牧師

@moana39

第1話 一緒に休みましょう

この世の中、生きづらく、生きることがいやになり、自ら命を断つという決断をしてしまう悲しい出来事が増えています。


ここは小さな田舎にある小さな教会。


「すみません、そちらは淡路ビリーブ教会でしょうか?こちらは、兵庫県警の山本と言います。突然で申し訳ございませんが、今、淡路川のおのころ橋で、20代くらいの女性が飛び降りようとしておりまして、何とか止めようとしているんですが、どうしても聞き入れてもらえず、難航していまして。それで、その女性が言うには、あなたとなら話しても良いと言っていまして。新聞か何かであなたを知っているみたいです。大変申し訳ないのですが、今からこちらに来て頂くことは可能でしょうか?」

と、緊急の電話が入った。私たちの教会では、こういった相談も対応している。

僕の牧師は、小さな鞄を持ち、僕の車に乗った。後少しというところで、この騒ぎの影響で、田舎の一本道はひどい渋滞になっていた。

「総ちゃん、ごめんだけど、ここから走ってみます。いつも、ありがとうね。」

「はい、気を付けて。くれぐれも無理はしないで。」

僕の牧師は、大切な家族だから、本当に無理をしないでほしかった。

1kmほど走り、ようやく騒ぎの中心にたどり着いた。


「先ほど電話を頂いたビリーブ教会 牧師の市原 涼と言います。山本さんから繋いで頂きました。」

そこにいた制服姿の警官に息を切らしながら、日頃の運動不足を恥じていると、奥から山本らしきひとがやってきた。

「市原さん、急な呼び出し、申し訳ありませんでした。さっそくですが、あちらがその女性です。」

「わかりました。ありがとうございます。」


「はじめまして、でよろしいですか?ビリーブ教会 牧師の市原と言います。」

「はじめまして。」女性は憔悴し、涙を流しながらもパニック状態ともとれる状態でした。小さな雨が降り始め、少し肌寒く感じていた。

「どうかされたんでしょうか?」

「もう疲れてしまって。」と彼女は一言もらすと、職場での失敗、パワハラ、人間関係での疲弊を頭いっぱいに巡らせ、大きなため息をついていた。

「そうでしたか、今まで随分頑張ってこられたんですね。私も、今の牧師になる前に色々と苦労してきましたから、少なからず、共感はできると思いますよ。でも、今あなたに必要なのは休憩でしょうね。」と続ける。

「聖書の中にもあるんです。 すべて疲れた人、重荷を負っている人は わたしのところへ来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ 11章28節)主イエス・キリストの言葉で主の大きな愛であなたを包み、何も恐れなくてもいいんだよ、ということです。シンプルに休んで良いということです。休む場所がわからないのであれば、私たちの教会に来てもいいですよ。それとも、休めない事情でもおありですか?」

「いえ、ただ疲れてしまって。それに休むってどうしたらいいのか、わからないんです。」

「なら、一緒に休んでみませんか?

椅子に座って、温かい紅茶と優しい味のクッキーと、昔話もいいですし、ゆったりと音楽を聞くのもいいですね。話疲れたら、布団に包まれてそっと目を閉じる。ここで大切なのは、寝ることに意識し過ぎず、目を閉じること、そして今眠れなくても、明日や明後日があること。それでゆっくり眠れば良いんです。それが、休むことです。」

「最近、ずっと眠れなくて、苦しくて、疲れて、もうダメだと感じてしまって。」

「大変でしたね。でも、当然です。眠れなければ、疲れが取れない。疲れたまま朝を迎えると、焦りが出たり、意識もぼーっとします。失敗したり、上手く事は回りません。また、夜になって、今日の失敗を思い出し、眠れずに疲れはどんどんたまっていきます。これがグルグル回ることを負のループと言います。やがて、食欲不振やうつ状態になっていきます。そして、今のあなたの状態、生きることに疲れ、絶望します。」

彼女は、自分の置かれている状況を理解し始め、泣き崩れていきました。すかさず、警官らに保護される女性は、

「私はどうなりますか?」

「大丈夫です。まず、きちんと診察を受け、睡眠の確保、栄養補給、休息をしてください。私たちの教会は、いつでもあなたを待っています。いつでも、扉は開かれています。いつまでも、あなたを待っています。その時まで、あなたが平安でありますように。」

女性は、静かに頷くと救急車に運ばれて行った。

山本は駆け寄り、頭を下げると、交通整理に走っていった。

僕の牧師は、少し微笑んで救急車を見送り、ゆっくり振り返ると、僕の車に乗り込み、

「お待たせしました。総ちゃん、いつもありがとう。」

「女性が無事で良かったです。」

「そうですね。でも、これから立ち直るのに少し時間はかかるでしょうね。でも、まだまだ若い。応援しましょうね。」

「はい、じゃあ、戻って夕食にしましょうか?今日は、時子さんお手製のカレーライスですね。」

車は、教会に向かって走っている。

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