アイデア不足の創造神
藻野菜
アイデア不足の創造神
ここは天界、あらゆる神や天使が住んでいる場所。
神々にはそれぞれ役目が与えられており、皆その役目を日々全うしている。
ここにいる創造神もその1人。
「うーん、悩むなぁ」
創造神は悩んでいた。
創造神に与えられた役目は世界の創造とそれの維持。世界の設定や過去から未来に起きる出来事まで、全てを自ら考え創造している。
創造神は天界きってのクリエイターなのだ。
そんな創造神は数億年ぶりのアイデア不足に頭を抱えていた。
「創造神様、まだ悩んでるんですか?」
「あ、天使くん。そうなんだよ、決めなきゃいけないことが多くてさぁ」
天使が淹れてくれたコーヒーをすすりながら、創造神はそうぼやく。
「早く進めてくださいよ、他の神様たちが創造神の仕事が滞ってるって文句言ってましたよ」
「そんなこと言ったって、アイデアが浮かばないのだからしょうがないじゃないか」
「あなたは創造神なんだから好き勝手に創造すればいいじゃないですか。一体何に悩んでるんですか」
天使はそう言って創造神のデスクに積み上がった書類を1つ手に取った。そこには『ピラミッドの建設方法について』と書かれている。
「ピラミッドの建設方法?」
「あーそれね、ずっと前にピラミッドっていう建物を作ったんだけど、まだ建設方法は決めてないの」
「……何ですか、それ。ピラミッドってあの石でできた三角のやつですよね? なんでその建設方法を決めてないんですか」
「いやー砂漠のど真ん中にあんなでっかい三角があったら面白いよなーって思って出来心で作ってみたんだけど当時の人間でもできる作り方が思いつかなくて……」
創造神は頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべている。
「普通に昔の人が石を積み上げていったってことでよくないですか?」
「分かってないなぁ、天使くんは」
創造神はチッチッチッと指を振る。何ともムカつく仕草だ。
天使は思わずチッと舌打ちをした。
「昔の人間ってのは、たくさんいるだけでクレーンもトラックも持ってなかったんだよ? そんな生物がどうやってあんなドデカい建造物を作るって言うのさ」
「まぁ、言われてみれば確かに」
「そうだろう? 世界の創造って言うのはそう単純なものじゃないのさ。何かを創造するためにはちゃんと辻褄を合わせなきゃいけないんだから」
「そうですか、大変ですね」
天使はため息交じりに呟き、書類の整理を始めた。
「それに現在の人間って結構賢くなってるからさ。辻褄の合ってない物を作るとすぐに疑問を持ったり、勝手に研究を進めて世界の謎を解き明かそうとするんだよ。困ったもんだろ?」
「そうなんですか? 創造神様の作った世界はあんまり拝見してないので人間がそんなに賢いなんて知りませんでした」
「俺の作った世界見てないの!? ショックだなぁ」
「たまには見てますよ。ほら、最近は秦とかいう国ができたんでしょう?」
「それは3000年くらい前の話だよ!? そこからどんどん面白くなっていくのに……」
天使のあまりの関心の無さに創造神はがっくりと肩を落とした。
予想以上に落ち込んでしまった創造神を見て、天使は少し申し訳ないと思う。
「今の人間が賢くて困るって言ってましたけど、なんで困るんですか?」
天使は創造神に気を遣い、関心があるふりをして質問した。
「うーん、色々あるけど、最近困ってるのは”月”のことだね」
「月? あの地球の周りを回ってるやつですか?」
「そうそう、本当は月に宇宙人の帝国を作っておきたかったんだけど、ちょっと目を離した隙に人間が月に着陸しやがってさ。月には何にも無いってことを確認しちゃったんだよね」
「なるほど、なんで月を作った時にその帝国を一緒に作っておかなかったんですか?」
天使の質問に創造神は目を逸らしながらごにょごにょとし始める。
「いやー実は月を作った時には宇宙人帝国の設定を決め切れてなくてさ……。とりあえず月だけ作って帝国は後で考えようと思って放置してたら、人間がいつの間にかロケットとか開発しちゃって、まだ何にも手を付けてない更地の月が見られちゃったってわけよ」
「つまり、今と同じように仕事を後回しにしていたら取り返しのつかないことになったってことですか」
「そういうことに、なるかな」
苦笑いしながらそう答える創造神に、天使は呆れ果てる。
創造神の話を聞きながら手を動かしていると、書類の山の奥から古びた書類が出てきた。そこには『月の宇宙人帝国について(至急終わらせる)』と書かれている。
天使はため息をつきながらその書類をゴミ箱に捨てた。
「もうテキトーに辻褄を合わせた設定でいいですから、さっさとこの溜まってる仕事片付けましょうよ」
「えーでも、それじゃあ面白くないしぃ、どうせだったら面白い世界で面白い設定を作りたいしぃ」
ぶつぶつと言い訳を続け役目を果たさない創造神に、天使の怒りのボルテージが上がっていく。
「そうやって仕事を後回しにするからどんどん溜まっていくんですよ!!」
「うっ……。だって、良いアイデアが浮かばないから」
「いくら待っても思いつかないのなら才能が無いんですよ! 自分の出来る範囲でさっさと終わらせてください!」
「なんだと! お前天使のくせに生意気だぞ!」
「実は私先日昇進しまして、今は天使じゃなくて大天使なんです」
「あ、そうなの? じゃあ、もう俺のお手伝いとかしてくれないの?」
「いえ、昇進しても私の役割は変わりませんので。ずっとあなたのお手伝い天使です」
「それならよかった、昇進おめでとう」
「ありがとうございます」
先ほどまでの怒りどこへやら。創造神は天使の昇進を称え、天使はまんざらでもないという顔をしている。そこからしばらく、2人で天使の昇進を喜び合った。
しかし、天使は自分の役割に従い、書類を整理する手は止めない。
創造神は自分の役割を全うせず、目の前の書類の山脈をボーっと眺めている。
天使がいくら書類を整理しても、創造神は仕事を進めない。そんなことをしている間にもどんどんと解決するべき問題が書類となって溜まっていく。
「良いアイデアが浮かばないのなら今思いつくアイデアで妥協するしかないです。 この溜まってる書類今から一気に片付けましょう」
いくら片付けても減らない書類にとうとうしびれを切らし、天使はそう提案する。
「そんなぁ、こんな量を一気に片付けるなんて無理だよ」
「ぐちぐち言ってないでどんどんやりますよ、さっさと手と頭を動かしてください」
「鬼! 悪魔!パワハラ!」
「私は鬼でも悪魔でもなく天使ですし、あなたの仕事を手伝ってあげてるだけなのでハラスメントではないです。それに、神としての役目を果たさないと天界から追い出されちゃいますよ? それでもいいんですか?」
「それは嫌だ、俺はずっと天界でぬくぬくと暮らしていたい」
「じゃあ、溜まってる仕事片付けましょう。えーっと」
天使は近くにあった書類を手に取る。そこには『モアイの運び方』と書かれている。
「モアイっていうのは?」
「モアイはイースター島っていう場所にあるでっかい石像だよ。でっかい顔で面白い形だろう?」
創造神はニコニコとしながらモアイの画像を見せている。
「そのモアイの運び方がなんで決まってないんですか?」
「このモアイ、意外とデカくてさ。重さが数十トンもあって昔の人間の技術だと運ぶのは難しいんだ」
「ピラミッドといいモアイといい、なんでデカいものを作っちゃうんですか」
「だって、デカいと面白いじゃん。発見された時びっくりするだろうし……」
「後先考えずその場の思いつきで作ったんですね」
「で、今の人間はどうやって運んだのかっていうのを考えて色んな仮説を立ててるんだけどさ、どれもしっくりこないんだよねーなんというか、クールじゃないって感じ」
「ピラミッドもモアイも私からすればそんなにクールじゃないですよ」
なんでこんな後先考えない神が創造神なんてやってるんだ。向いてないだろう。
大きなため息と悪態をつきながら、天使はモアイに関する資料を読む。モアイは大小様々なサイズがあるようだが、確かに人が持ち上げられるような重さではないようだ。
確かに、形は面白い。このアンバランスな体と顔が何ともシュールだ。
こういう面白い物を考える才能だけはあるからこの神は創造神をやっているのだろう。
「もういっそ昔の人は超能力が使えて、どんなに重い物でも浮かび上げることができたってことにしたらどうですか?」
「それは困るよ。昔の人間が超能力を使えたとなると、今の人間も使えないと辻褄が合わない。それに、今の人間は科学を発展させて色んな物を生み出してるんだ。今更超能力なんて非科学的なものを実装することはできないよ」
「じゃあ、でっかい動物に運んでもらったとか」
「モアイを運べるような大きくて頭のいい動物、今も昔もこの島にはいないよ」
創造神は天使の考えた案をことごとく否定する。
「めんどくさいですねー、テキトーに理由つけて辻褄合わせてください」
「いやっ! テキトーなんて許さない!! 今まで色々拘って面白い世界を作ってきたんだから、ここで匙を投げるわけにはいかないよ」
どうやら創造神は、仕事はめんどくさいと思っているけど自分の創造した世界にはそれなりの自信と拘りを持っているようだ。
その思いと才能故に、創造神の作る世界は他の神からも面白いと評判だ。
「じゃあ、どうするんですか。モアイの運び方、なんかいい案あります?」
「うーん、思いつかないからとりあえず後回しにして、こっちを先に決めよう」
創造神は自分の近くにある書類を手に取った。その書類には『邪馬台国の場所』と書かれている。
「邪馬台国の場所?」
「邪馬台国っていうのは日本列島に昔あった国だよ。現代の人間はこの邪馬台国があった場所を血眼になって探してるんだ。俺がまだ決めてないからね」
「じゃあ、さっさと決めて現代人に安心させてあげましょうよ。場所なんてどこでもいいじゃないですか」
天使はそう言って、日本と呼ばれる国の地図を見た。なんとも奇妙奇天烈な形をした島国だ。
「このトウキョウっていう都市と同じ場所をにあったことにしましょう」
天使は日本で1番栄えていそうな場所を指さした。
「それじゃあ面白くないよ。東京っていうのは今や日本の首都で江戸時代からずっと日本の中心なんだよ? 大昔から今に至るまでずっと栄えてるなんてちょっと安直すぎるんだよなぁ」
自分の意見がはっきりとしないくせに天使には否定的な創造神の物言いに、天使は少しイラっとする。
「じゃあ、どうするんですか」
「うーん、どうせなら意外な場所がいいよなぁ。『えー!? 実はこんなところにあったの?』みたいに思えるような場所」
「例えば?」
「うーん、今は思いつかないからとりあえず後回しかな」
「なんなんだこいつ」
天使は文句を言う気にもなれず、次の書類を手にした。
その書類には『資源不足(至急対応)』と書いてある。
「これは?」
「あ、それは後回しにしているわけじゃなくて、今絶賛悩み中の問題なんだ」
創造神は書類をぺらぺらと眺めながら、眉間にしわを寄せる。
「人間が増えすぎちゃってさー地球の資源が足りなくなってるんだよね。このままじゃ滅亡エンドだよ」
「大変じゃないですか、どうにかしなきゃ」
「今のところ、地球の近くにめちゃくちゃ資源がある惑星を作ろうかと思ってる。それか月の地下とかに資源を置いておくとか、そんなところかなぁ」
「なんだか投げやりな対応ですね。地球の近くにたまたま資源があるなんて、都合が良すぎません?」
「やっぱそうだよねぇ、面白くないよね。 元々は『無限に湧く水』とかを作っておいてこういうめんどくさい問題は起きないようにしようと思ってたんだけど、人間が予想以上に賢くて質量保存の法則なんてものを見つけちまったから没になっちゃったんだよ」
「ほらー便利な物をさっさと実装しないからそういうことになるんですよ」
「しょうがないじゃーん、便利な物ほど辻褄合わせるのが大変なんだもーん」
その後も、あーでもないこーでもないと言いながら色んな書類を目を通し、アイデアを絞り出そうとして、後回しにして、天使に呆れられ……。
そんなことをわちゃわちゃと繰り返していると、いつの間にか10年、100年と月日は流れていった。
150年ほど経過したある日、創造神の下へ1人の使者が訪れた。
「あのー天界の使いの者なんですけど」
「あ、こんにちは。どうぞお入りください」
天使は創造神の部屋に使者を招き入れる。
創造神は、はてなんだろうと言ったように頭に疑問符を浮かべながら使者を見る。
「何のご用ですか?」
「あの、本日はこちらを届けに参りました」
使者は赤字で『神の通告』と書かれた封筒を差し出した。
天界において、『神の通告』とは神々の間での取り決めや今後の天界に関わることなどの重要事項を伝えるための書類だ。
一体なんだろう、この天界で何か事件でも起きたのだろうか。
そう思いながら創造神が封筒を開けていると、使者が口を開いた。
「実は、創造神様の素行が他の神々の間で問題視されておりまして」
創造神は封筒の中身の文書に書かれた『警告』という文字を読み、ギョッとした。
その文書の要約を使者が話してくれる。
「創造神様が、最近世界の創造と維持という役目をサボっているのではないかと疑われておりまして、これ以上仕事を後回しにするなら創造神様は罰として天界から追放、創造神様が作った世界は消滅ということになるらしいので、お気をつけください。本日はそれをお伝えに参りました」
使者は気まずそうに早口で話し終えるの、そそくさと帰っていった。
使者が帰った後の創造神と天使はてんてこ舞いの大騒ぎだ。
「やばいやばい! どうしよう!!」
「創造神様がサボってばっかいるからこういうことになるんですよ! どうするんですか!?」
「俺、追放されちゃうの!? 無職!!?」
「あなたが追放されたら私はどうなるんですか!? 私も役目がなくなって追放されかねませんよ!!」
「やばいじゃん!? どうする? 夜逃げでもする?」
「何を馬鹿なこと言ってるんですか!! 溜まってる仕事急いで終わらせますよ!!」
「そんなこと言ってもまだ全然アイデア浮かんでないよ!?」
「うるさい!! つべこべ言わずにやるッ!!」
創造神と天使は部屋にたまった書類を急いで手に取る。
「えーっと、『ストーンヘンジが作られた理由』に『バミューダ・トライアングルの謎』、もう全然思いつかないよ~」
「テキトーでも面白くなくてもいいから早く決めちゃってください! 私も手伝いますから!!」
「うわぁ〜こんなはずじゃないのに〜」
その後、創造神と天使は溜まりにたまった仕事を片っ端から終わらせていき、天界の追放は免れたそうな。
一方その頃、人間の暮らす世界では……。
「おい、砂漠の遺跡から新たな記述が見つかったぞ!」
「なんだって!? どれどれ」
ある日を境に、突如世界のいたるところであらゆる謎が解明され始めた。
砂漠の遺跡にあった壁画によると、かつて砂漠にはすごい大きくてすごい頭の良いゾウみたいな動物が生息しており、その動物と協力してピラミッドを作ったそうな。
さらに、イースター島で見つかった遺跡の壁画によれば、かつてここにいた民族は指先一つでどんなに重い物でも持ち上げられる超能力を有しており、その力を使ってモアイを運んだそうな。
この歴史を知った考古学者は一様に同じことを言ったという。
「「「なんだか急ごしらえで作ったみたいな歴史だなぁ」」」
今日もまた一つ、創造神によって世界の謎の答えが考えられている、かもしれない。
もしくは、謎が増えている、かもしれない。
アイデア不足の創造神 藻野菜 @moyasai
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