そのテレビが映した未来

惣山沙樹

そのテレビが映した未来

 今夜はビーフシチューにしようと約束して材料も買ったのに、兄が急に呼び出されたからと飲み会に行ってしまった。まあ、肉の消費期限は明日だし、と文句は言わなかったのだが、最近僕との時間をないがしろにされているようでちょっぴり不満だ。

 そして、飲み会といえば変な買いものである。僕は今まで兄が買ってきたものを思い返した。多少はいいことがあったがろくでもないことも起こった。今夜はどっちだ。

 ネット小説を読んで暇を潰しているとインターホンが鳴ったので、僕は受話器を取った。


「はい?」

「瞬! 手がふさがってるんだ! ドア開けてくれ!」

「ええ……」


 渋々ドアを開けると、大きなブラウン管テレビを抱えた兄がいた。


「うわぁ……今夜はそれ?」

「凄いんだぞこのテレビ! 未来を映すテレビなんだ!」


 僕も手伝い、えっちらおっちらテレビをリビングに持って行き、床におろした。


「一応聞いとく。いくらしたの」

「十万円!」

「じゅ……」


 とうとう六ケタこえた。


「そんな顔するなよ瞬。未来がわかるんなら安いってば」

「まあ、今までのことからすると……兄さんの買ってくるものは本物なんだろうけどさぁ……」


 兄はテレビをコンセントに繋いだ。僕は尋ねた。


「未来を映すって具体的にはどういうことなの?」

「ここ、電源ボタンあるだろ? これを押した人間の二十四時間後の姿が映るらしいんだ」

「あっ……未来っていってもたった一日なんだ」

「たった、ってなんだよ。凄いだろ。一日でも未来は未来だ」


 兄が電源ボタンを押した。映ったのは、トイレの中でスマホをいじっている兄の姿だった。


「……これが二十四時間後の未来かぁ」

「兄さんがトイレしてるだけじゃん」

「俺、トイレ中もなかなかカッコいい顔してるな」

「そんなところカッコつかなくていいんだよ」


 しばらく眺めてみたが、兄は指を動かすのみ。いくら僕でも兄の排泄姿を見る趣味はないので僕は電源ボタンを押して消した。


「今度は僕がやるよ?」

「おう、やってみろ」


 映ったのは、リビングのソファで横たわる僕の姿だった。お腹を抱えていた。寝ているのかどうなのか、観察していると、よろよろと立ち上がって移動した。そして、トイレのドアをドンドン叩いて叫び始めたのだ。


「兄さん! 早くしてよ兄さん!」


 僕は兄をギロリとにらみつけた。


「もう! どうせスマホいじってただけなんでしょ! 早く出てよ!」

「いや、これ、未来の話だし」

「ええ? この後どうなるの?」


 未来の僕は、ありとあらゆる罵詈雑言で兄を責め立てていた。水が流れる音がして、兄が出てきて、僕がトイレに飛び込んで。それから、とても恥ずかしい音がした。画面越しだから臭いがわからないのが幸いだ。


「う……うわぁ……僕、お腹壊すってこと?」

「そうみたいだな。良かったじゃないか、今のうちに未来がわかって」

「この未来、変えられないの?」

「さぁ……どうなんだろうなぁ」


 そして、翌日。僕が夕食のビーフシチューを作った。食材には十分に火を通した。よく噛んでゆっくり食べた。他に刺激物はとらないようにした。それでもあの未来は訪れるというのだろうか。


「僕、未来は変えられると思うんだよね」


 そう真剣に兄に訴えかけた。


「へえ? なんでそんなに自信あるんだ?」

「僕、平行世界ってあると思うんだ。色んな可能性の世界が存在してる。僕がお腹を壊さない未来もきっとある」

「まあ、昨日のアレって十一時くらいだったか。それまで待ってみたら答えがわかるな」

「僕さ、もう寝ちゃうことにするよ」


 ベッドに入り、スマホは見ず、眠りが訪れるのをじっと待った。次に目を開ければ爽やかな朝日が差しているはず。そう信じていたのに……お腹がぎゅるぎゅる鳴って目が覚めた。


「うっ……あっ……マジかぁ……」


 僕はトイレに行ったが鍵がかかっていた。兄だ。


「兄さん! 兄さんってば!」

「あー悪い、俺も腹痛くてさ、キリ悪いんだわ……」

「え……ええっ……」


 とても立っていられない。ソファに寝転び、寄せては返す波と戦った。耳を澄まし、兄が出てくる音を察知しようとしていたのだが、一向に何も起こらない。今までにないビックウェーブがきて僕はたまらずトイレに駆け出した。


「兄さん! 早くしてよ兄さん!」


 激しくドアを叩き、思いつく限りの言葉で罵った。普段の行い、過去のやらかし、そんなものまで持ち出したが、兄はうんともすんとも言わない。


「兄さぁぁぁん……」


 ダムが決壊した。


「う……うわぁ……ああっ……」

「え? 瞬、まさか漏らした?」

「兄さんのバカぁぁぁ!」


 兄はしょぼくれた顔でトイレから出てきた。


「ご、ごめん……俺がトイレから出なかったらどんな未来になるかなって思っちゃって……変わったな……ははっ……」

「もうやだぁ……」

「ほら早く脱げ、俺が洗ってやるから。なっ? なっ? 兄弟だろ、それくらいするって」


 こんなのあんまりだ。

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そのテレビが映した未来 惣山沙樹 @saki-souyama

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