仮面執事

第1話

5分だけ。5分だけ、逢う。



『執事』なんか他人(ひと)に紹介するため口にするのも恥ずかしい今時、そんな『執事』やら『メイド』やらが付き纏う世界から時折抜け出して、こうしてルーレットにダイス、カード遊び…夜な夜な善人だろうが悪人だろうが関係なく遊び回り踊ってわらう、とあるカジノの屋上で、仮面を身に着けた男との逢瀬を繰り返す。





「みーんなそう。悪い男が好きみたい」





男はへぇ、とだけ夜空にその声を溶かした。



同じく仮面を身に着けた私は風に長い髪を攫われながら、つまらないのとこっそり唇を尖らした。




「それ、“僕”に対する当てつけ?」




思ってもみないようなことを、さらりと口にして笑む。



その素顔を私は知らない。




5分だけの世界はいつも、ここに作られる。




「当てつけって?」



「素性を明かさない。だから『つまらない』?…それとも僕が悪い男だって言ってる?」




不思議なことを云う人。




「別にそういうわけじゃないわ。だって、貴方が素性を明かさないのは別におかしいことじゃないもの。悪い男かどうかは…そうね、そこまで知った関係じゃないけど。私は貴方の返事がつまらないって思ったのよ」



「?そうなの?」




傾げられる小首にそうよと思った時、彼が「君は、僕のことを不思議だと思っても問うことはしないんだね」と続けた。私は、不思議なことを云う人だってことは心の中で“思った”ことだったのにどうして暴露たのかしらとだけ思った。




じっと見上げてみれば、丁度こちらを見遣っていた彼の艶やかな眸と目が合う。




すらりとした容姿に紫掛かった髪がよく似合っていたことも知らなかった。




私たちは、光の下では出逢わないから。





「つまらない、って」



「?」



「…君も失礼なことを言ったと謝る女性(ひと)じゃないみたいだけど――よく言われるんだ。…女性って皆そうなのかな。それでいてそれを言った次の瞬間には明らかにつまらないだなんて思ってないだろうって顔で笑ったりする」




「そう…」




少し、驚いた。



初めて彼から、彼自身のことに触れる話を聞いた。




「ここにいることも、万が一その方に暴露てしまったら僕は“今の仕事”を手放さなければならなくなる。さっき下でそんなような悲劇をみたけど」



「その方って…恋人?」




何の他意もなく、ただ話を続けるが為に振った質問。




「まさか」



少しずつ和らいでいく冷たい夜風に、屋上の手すりに寄り掛かって彼はいう。



「…でもまぁ、こうしてここに日常とは別の世界を作るくらいには、理性的ではいられない相手かもしれないな」





今度は私がへぇ、と吐息を漏らした。





彼はそれを目元に掛かる前髪の隙間から、覗き見るようにして視線を這わせた。綺麗なひとだと思う。




そう思ったらまた、読み取られてしまうだろうか。





遠くでは、高層ビルの明かりがぼんやりとぼやけている。




はっきりしない。




はっきりしないことは、きらい。




「……女なんて、みんな女優だと思って接するくらいが世の男たちは紳士的になれるってことはよくうちの執事長が言っていて」




言いかけている最中に、ふと目の前できょとんとしている彼を見つける。




「なに?」




「……今執事って」





もう、5分が終わりそうだった。


ああ、そういえばこの話をしたのは初めてだったかもしれない。


感じた以上に、僅かながらでも彼が自分の世界の話をしてくれたことが嬉しかったのか。だから私も口走ってしまったのか。


私は元の世界へ戻らなければならない。もうすぐ、その私の嫌な『執事』から私の居場所を確認する連絡が入るだろう。





「ねぇ、残念だけどもう時間だわ。私行かなくちゃ――」





終わりの合図は、要らない。



始まったこともない私たちには必要なかった。



だから高いヒールで返した踵は、常に彼を振り返ったことがない。



彼が先に屋上を後にしようと、私が先に屋上を後にしようとだ。




また逢う、5分間まで。

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