第130話

「あべさーん」



「…おにいさん。お疲れさまです」


「お疲れです~てあれ、何か心なしか僕警戒されてる?」




毎日通る廊下の何処かで、お兄さんに会った。そんな、待ち伏せされているとか追いかけられているとか自惚れるようなことは思っていないのだけれどこの間、脅すだとか絶対恋愛禁止が相良さんの所為だとか、を聞いたことは確かだから、自分の身は兎も角大切なひとは護れるくらい強くありたいと思っている所存である。



相良さんの笑顔は、私が護る。




「警戒されてるなぁ。だいじょーぶですよあべさん。僕も流石にこんな、社員がちらほら通りますってところで何か爆弾しかけたりはしませんって」


「はい、すみません…警戒してすみません」


「はははそれあべさんが謝るところなんだ?あ」


「?」


「あべさんがあまりにも僕のことに興味関心意欲を持ってくれないみたいだから自分からちょっと言っちゃうけど僕、これでも本職は講師なんですよー」


「そ、そうなんですね」


「はははどうでもいいですか?――――『相良さん』のこと以外」


「!!」



突然、口を噤んだおにいさんが怖くなって私は、持っていたファイルを握りしめ直して足早に、その場を立ち去ろうとした。



「こら、待って待って」



ぐ、と手を引かれて身動きがとれなくなる。



サーッと血の気が引いていくのを感じながら、見上げた。




「大丈夫だって。言ったじゃないですか?僕がいうことは当たり前のことですよ、全然怖いことじゃないです」



「…はい」




「貴女だけが知らないことです。相良さんに、今の貴女なんかよりもずっと、一生で、一番、愛していたひとがいたってこと」




「…………」



「あれ、大丈夫なことじゃなかった?」




「だ、だいじょぶ、です……ぜんぜん……当たり前の、こと……っ」




「あーあ。泣いちゃった。ごめんね緩菜ちゃん、……可愛い――」





掴まれたままの腕。





唇に、何かが、触れた。

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