第104話

「わぁ、凄い。今まで誰にもバレたことなかったのに」



わざとらしく眸を丸くしてみせる梅ノ宮さん。


緩い笑みを口の中で噛み殺す。



「早速ですが一つ。何故彼女に口づけを?」



羽織った紺色のカーディガンの袖が手にしたパックのお茶にかかる。それを直しつつ問うと今度は「彼女?」と言葉をなぞった彼が思い当たったのか笑い声をあげた。


「ふ、ははっ!ああ、彼女。その件でしたかー。ぼくも知りませんでした、サクライサンは、彼女と。どういうご関係で?」


僅かに身を引き上目遣いでこちらの様子を窺っている。けれど特に心配もしていない素振りで続けられた。


「ふふ、すごーく直球ですね。……答えればいいですか?『彼女にキスをした』のは彼女の、今の恋人サンより僕が先ですけど――理由となれば今話す状況でもない」



そうですよ、ね?と。



まずキスしたことを黙認する返答が得られる。



「…彼女に何か、吹き込んだのも貴方ですかね」



「それ、ほぼ確認事項で言ってますよね?」


端から隠す気も起きてないのに。そうですよと半笑いの笑み。


「けーど。吹き込んだって悪い言い方ですね、失礼しちゃいます。ぼくはただ、その合鍵の所為で愛しい、大事な人と別れることになっちゃうかもよ?でもね、それはその、貴方の愛しい大事な人の自業自得でもあるんだよ~ってことを彼女の為に教えてあげただけで」



「へぇ」



これで確かに〝相良に合鍵を返す切っ掛けとなる理由”が吹き込まれていたことと、キス。何故かを今話す気はなさそうだが裏はとれた。



「梅ノ宮さんは相良の恋愛禁止の件、どこまで知っているんですか」



「えーと。わかーい頃から腹立つことに、めちゃくちゃ仕事デキた貴章くんが拾っちゃったのは、応接ぶに偉ーい彼氏がいた捨て猫だった~って話ですよね。そういうの、正直どうでもいいですけどイコール貴章くんって汚れていて。で、あの阿部さんを愛していて…っていうことが。もう、は?って思いません?」


「……」



『阿部さん』は兎も角、『貴章くん』?



「相良とは、以前から知り合いですか」




「ああ――はい。この前久しぶりに会ったのに色々な意味で凄まれちゃいました」



ますます、梅ノ宮さんが解らなくなる。



このふたりが顔を合わせ、相良が彼を解ったかは別として、梅ノ宮さんからしてみれば旧知の仲…。


相良も相良で名家出身の為、学生時代のといわれても説明はつく。



けど。



相良より先に、阿部さんに手を出したのは自分だと言った……?



相良は、あべさんと顔を合わせてすぐ好きだと言っていたのに。



ということは――――…。相良が応接としてあべさんと会う前、このふたりが学生時代以前に彼は、あべさんと何か関係が……?




「僕の正体を探ってくれたお礼に、ひとつだけお教えしましょう。…阿部さん、彼女は、白雪姫の毒林檎が彼女の唇に魅せられたのと同じように、毒あるものばかり惹き寄せる魅力があるんです。僕が知っているだけで、僕と貴章くん。それ以外にあと二人は確実に彼女のことが好きだと思いますよ」



「は……?」




じっと、梅ノ宮さんを見る。しかし「本当に、美しいお顔ですねぇ」と仕様もないことではぐらかされ、それ以上彼に答える気はなさそうだった。

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