第79話

阿部 緩菜(19)



入社してすぐの研修での出来事だった。業務内容を事細かく教えてもらっている時、上司でこの時の教育係であった佐伯さんが心底どうでも良さそうに口にしたのがこの台詞だったのだ。




「あの、佐伯さん…私、ひろしではなくあべです。すみません、あべではありますがひろしではなく」



「何をつべこべと!貴女はつべさんですか?それともこべさんですか!?」


「あべです」


「ひろしさん、雑談なら後にしてください。質問があるのならはいと真っ直ぐ手を上げる挙手をお願いします。因みに恋愛禁止とはいっても身内、つまりは社内の人間とのことのみを指すらしいです。ひろしさんが「よぉおーし!★(ほし)入社したら、バリバリイケメンな先輩たちのこと狙っちゃうぞぉおー!よぉおーし!★(ほし)★(ほし)」と思ってここに入社し、ここの班に配属されてしまったのだとしたらそれはお気の毒ですが、誰かを恨むようなことは決してないように。憎しみからは何も生まれないよ」



「はい」




届きませんでした。




よぉおーし!★(ほし)ひろしとして生きていくぞぉおーし!★(ほし)★(ほし)





それから佐伯さんは私のことを何の疑いもなくひろしという人物だと認識していて、そのまま、その年の12月、私にとっては人生初の忘年会に参加した時のこと。


それは突然やってくる。

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