第49話

すると答えより先に、彼女の指先が額に触れた。




「……何?」



声と衣擦れ以外の音がないこの空間に、あえて無機質になることを望んだ自分の声が落とされる。


けど、彼女はそんなことを気にも留めずその柔そうな唇を開く。



ゆっくりと「あかく、」と言葉を足す。




「あかく…なっています。ぶつけてしまった…?ですか」





いつもより、背伸びをして。



人並みに大胆になった彼女に酔わされそうになって。




あーあ、と。


そんなドジなことしないよと。



そう呟くまで保てばよかった理性は役に立たない。



ふと微笑ってコップの水を含み、何も知らないで傍にあった手首を掴んで押さえ込む。緩菜は俺を見上げ直す。




あーあ。




何も知らないで、


知らないままでいろよ




俺なんかに捕まって、


鎖は緩めたままなのに




逃げださないで



……





ほんと、バカ。

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