第8話

「……」



「……っ…」




どうしよう。



どうしよう、困ってる。



大切な人が『困る』と言っていたのを聞いてしまったあとで、目の前の人の困ったような表情を目にした。


ごめんなさいと言おうと口を開いてみるけど、声を出すとまた涙が零れそうで噤むしかできない。



さっきも、そうだった。



だから俯いた。



にげた。



……同じ。






「――――え、とブラックなんですか…?ここ……」





「…え?」



え?


手首で目を隠していたら耳打ちされて、驚いて目を見張る。



「ち、ちが…ちがいます」



咄嗟に訂正しつつ、仕事が辛くて泣いたって思ったんだってことに気が付いて、真剣なその表情には思わずふきだしてしまった。



「ぷ…はは、あはは」


「え?違うんですか?え?」



「はい、ちがいます、すみません」




えー、何だ、よかったぁと胸を撫で下ろすその人は言葉をとめて、ちいさく笑みをつくる。




目が合うと突然拳を振り上げ、驚いた私は一歩後ろへ飛んだ。



彼はお構いなしに「午後もがんばりましょーね!」と気合いを見せて、それから手を振ってくれた。



おずおずと手を振り返すと、それを確認したように踵を返したやさしいひと。




私は、もう一度頭を下げた。

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