花煙吹草

第9話

― 花吹太郎Presents ―





彼女は、滅多に酔わない。




ふたりで飲むことはお付き合いを始める前から日常的にあったけど、俺が弱いということもあるし、宇乃さんが強いということを聞いたこともあって、彼女が酔っている姿を見たことは無いに等しかった。


山下さんや河合さんと飲みに行くと聞いても、どちらかの介抱を熟した後の姿ばかりで彼女自身が酔っている姿はそこにない。




だから。




その“前提”が覆された夜を、俺は忘れないと思う。









――――P.M.11:19





冬。平日の夜。

確か木曜だった筈。




少しの残業を経て帰宅、シャワーを浴びてからは髪も乾かさず、冷たいフローリングに腰を下ろしたままうとうとと頭を傾けていた。



すぐ側にあるベッドへ移動しないと、と瞼に力を込めた時インターホンの呼び出し音が鳴って驚く。




オートロック式のエントランスからではなく、玄関からのものだった。




一瞬で目が覚めた俺はそれを不思議に思いつつも玄関へ足を向ける。


ドアを開けると冬の冷たい風の音がした。




「……え」



小さく零れた声は、思わぬ訪問者の――宇乃さんの、少し火照った頬が家の明かりに照らし出されたからだった。

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