第8話 「私あれやりたいの。クリスマスイブの日にバイトのシフト変わってもらうやつ」

 ここはいつものテンプレ部の部室。今は俺と鳴海さんの二人だけだった。鳴海さんは本を読んでいる。集中しているようだ。

 一方、俺はスマホに目線を向けながらも鳴海さんの顔や胸の膨らみのあたりをチラチラと見て、いい形だな、とか思いながら見ている。男なんてだいたいそんなもんだ。


「もうすぐクリスマスだねえ」鳴海さんが読んでいた本を閉じが言った。


「え、そうでしたっけ?」俺は言った。


「だってもう12月20日だよ?」鳴海さんが言った。


「あっそうなんですね。感覚的には5月とか6月くらいだと思ってたんですが」月日が過ぎるのは早いものだ。現在と俺の感覚とは半年以上の乖離があった。

 言われてみると鳴海さんはタイツを履いている。俺は冬になるとタイツはいいなと思い、夏になると生足はいいなと思うタイプの男だ。


「クリスマスのテンプレってなんだと思う?」鳴海さんが言った。


「なんですかね。恋人と過ごすとかですか」


「ノンノン」鳴海さんが人差し指を振りながら言った。「調査によると高校生で現在恋人がいる人の割合は18.3%。つまりは恋人は非テンプレな存在だよ」


「違いましたか。正解はなんですか?」


「私あれやりたいの。クリスマスイブの日にバイトのシフト変わってもらうやつ」


「ああ、あれですか」俺は言った。鳴海さんが言っているのは、バイト先で同僚にクリスマス予定ある?と聞き、相手はデートの誘いかもって思いどぎまぎするけど、その実はバイトのシフト交代の相談で、聞かれた方は勘違いして悲しいっていうあれだろう。


「そう! あれやってみたいの。というわけで瀬田くん一緒にバイトしよ」


「えー。そっからですか」俺は言った。正直、鳴海さんのと一緒にバイトできるなら最高に満更でも無い。鳴海さんといっしょにいつつお金貰えるなんて資本主義のバグだとも思う。


「いいじゃんいいじゃん。それで、イブは空いてる?」


「全空きです」俺は言った。鳴海さんは、ぱあっと明るい表情を浮かべた。


「オッケー! じゃあ、私と瀬田くんが同じバイト始める。瀬田くんはクリスマスイブのシフトを入れない。でも、予定は空けとく。私は瀬田くんにイブの予定空いてるって聞く! この流れで!」


 しかしこの流れは現実的には無理だろう。障壁がいくつもある。


「流れは構いませんが、もう20日ですよね? 21、22、23の3日間でバイト探して、受かって、シフト出して、シフトの変更までできますかね」


「む」鳴海さんは眉間にシワを寄せた。


「急なことするとバイト先にも迷惑かかりませんか?」俺は続けた。


「むむ」鳴海さんの眼が鋭くなり、腕を組んだ。


「そもそもうちの高校、バイト禁止でしたよね」俺は更に続けた。


「むむむ」鳴海さんは目を閉じてうなだれた。


「難しそうですよね。このテンプレは諦めた方がよくないですか?」俺は言った。


「わかった。じゃあもうコントでいいからやろ! ほら! 瀬田くんも立って!」鳴海さんが言った。


「お、ここは俺と鳴海さんのバイト先だ。えーっと、俺のシフトは……」俺は早速コントインする。俺は聞き分けがいいのだ。


「瀬田くん瀬田くん。ちょっといい?」鳴海さんがちょいちょいと俺を手招きする。


「鳴海さんお疲れ様です。どうしました?」


「あのさ、クリスマスの予定って空いてる?」鳴海さんは頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに言う。なかなかの演技だ。


「空いてますよ」


「……じゃあデートしよっか」鳴海さんは大きく澄んだ目をこちらに向けて言った。


「えっ」俺は言葉に詰まる。


「こっちの展開のがテンプレかなって」鳴海さんが笑う。


 テンプレ最高か。テンプレ部に入ってよかった。


「デートしましょう」俺は言った。




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普通の高校生活を送りたくてテンプレ部に入ったのに全然思ったようなテンプレ展開にならない! 晴山第六 @ksmzwdig

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