普通の高校生活を送りたくてテンプレ部に入ったのに全然思ったようなテンプレ展開にならない!
晴山第六
第1話 「止まってる人にぶつかりに行ったら、10対0でこっちの過失だよ!」
俺と鳴海さんは鍵の閉められた体育倉庫にいた。この世の摂理に準じて鍵は外側からしか開けることが出来ず、誰かに開けてもらわないと外に出ることができない。
季節は夏。鳴海さんはパタパタと手で顔を扇いでいたが、あまり効果はないのか、汗が彼女のブラウスを肌に貼り付けていた。透けるブラジャーに、俺はとっさに目を逸らした。俺の視線に気づいたのか、鳴海さんは顔を赤らめ身体を横にそらした。
体育倉庫に女の子と閉じ込められるシチュエーションなんて、よく起こるはずはない。が、よく起こる。なぜならそれがテンプレ展開だからだ。
高校生の男女が体育倉庫に閉じ込められるのも問題だが、俺にはもう一つ問題が別にある。
俺はヘッドフォンをさせられている。しているのではなくさせられている。命令というやつだ。
ヘッドフォンの遮音効果は凄まじく、鳴海さんが必死に喋っても俺の耳にその声は届かない。
俺は鳴海さんが何を言っているのか分からないので、鳴海さんの唇が動いたときは「え、なんだって?」や「ちょっと何言ってるか分からない」と発言したり、テキトーにサムズアップなどをしてやりすごしている。
「瀬田くん!ぜんぜん聞こえないの!?」鳴海さんが喋る。何を言っているか聞こえない俺は、とりあえず当たり障りのない行動として笑顔でサムズアップを返す。
唇の動きだけでは何を言っているのかわからない。俺は市民講座で読唇術なんて学んでいないのだ。
「つまり聞こえてるってこと!?」と、鳴海さん。俺はテキトーにサムズアップを繰り返す。鳴海さんの顔が輝いた。
「何か飲み物持ってない?」鳴海さんがちょっと深刻そうな顔で言った。
「ちょっと何を言ってるかわからない」何を言っているか分からないので俺は言った。深刻な表情をしてるときにテキトーに答えてはいけないのだ。
鳴海さんは絶望したように首を下に向けた。
そう、俺たちはいま、テンプレ部の活動をしている。今回のテンプレは、
1、体育倉庫に閉じ込めらるテンプレ展開
2、女の子の大切な発言を聞き逃すテンプレ展開
だ。
そんなこんなで、かれこれ1時間は意思疎通の出来ないサムズアップマシーンと化した俺と、なんとか意思疎通を試みる鳴海さんという構図だ。
鳴海さんがヘッドフォンをトントンと指で叩きながら言った。「は・ず・し・て」
これくらいなら理解できる。俺は頷いた。やれやれ。これで終わりか。
「テンプレは一個でいい……」ヘッドフォンを外した俺に向かって鳴海さんが言った。
◆
真新しい制服に身を包み、俺は入学式が行われる高校へと歩を進めていた。初めての通学路は満開の桜並木になっており、新しく始まる生活を歓迎しているようだった。
高校生活に何を求めるか、それは色々な考えがあるだろう。ある人は甲子園を目指すし、ある人はいい大学に入るために勉強力を入れる。何かに打ち込むとは素敵なことだ。
俺は多くを望まない。無難な高校生活を送れればいいと思っている。勉強もそれなりにこなし、それなりの部活にはいる。友人を作り、そしてあわよくば彼女を作る。そんな感じで過ごせればいい。
「何だ……」俺の目が違和感を捉えた。視界の隅に3人の女生徒。制服を見るに同じ高校だろう。着崩した制服、やや短いスカート、バッグに付いたぬいぐるみのキーホルダーなどを見るに先輩の可能性が高い。
そして、うち1人が加えている食パンだ。あきらかな異彩を放っている
「いま!がんばれ!チャンス!」そんな声が聞こえる。3人の中で一番背の低い、食パンをくわえた状態の人はチャンスの状態にあるようだ。
俺は思わず立ち止まる。
「やっぱ無理だ!」食パンを口から外して彼女は言った。
「だって止まっちゃってるじゃん!止まってる人にぶつかりに行ったら、10対0でこっちの過失だよ!」
「むう。ここはいったんスルーか」
なにをしていたのかよくわからないが、君子危うきに近寄らず、だ。始業式の時間も迫っているので俺は高校に向けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます