普通の高校生活を送りたくてテンプレ部に入ったのに全然思ったようなテンプレ展開にならない!
晴山第六
第1話 「止まってる人にぶつかりに行ったら、10対0でこっちの過失だよ!」
7月のある日、俺と鳴海さんは体育倉庫にいた。鍵は外側からロックされてしまっており、誰かに開けてもらわないと体育倉庫から出ることができない。
俺は鳴海さんの横顔をチラリと見る。彼女はパタパタと手で顔を扇ぎながら、ふうっと息を吐く。うっすらと浮かんだ汗が、彼女の額にきらめいていた。
手で扇いでもあまり効果はないのか、汗が彼女のブラウスを肌に貼り付けていた。薄い布越しにもはっきりとわかる形の良い胸、ブラウスから透けるブラジャー。それを見て、俺はとっさに目を逸らした。俺の視線に気づいたのか、鳴海さんも、顔を赤らめ身体身をひねった。
体育倉庫に女の子と閉じ込められるシチュエーションなんて、よく起こるはずはない。が、よく起こる。なぜならそれがテンプレ展開だからだ。
高校生の男女が体育倉庫に閉じ込められるのも問題だが、俺にはもう一つ問題が別にある。
俺は指示、というか命令でヘッドフォンをさせられている。ヘッドフォンの遮音効果は凄まじく、鳴海さんが何か喋ろうとも、俺の耳にその声は届かない。
俺は鳴海さんが何を言っているのか分からないので、鳴海さんの唇が動いたときは「え、なんだって?」や「ちょっと何言ってるか分からない」などと発言したり、適当にサムズアップなどをしてやりすごしている。
「瀬田くん!ぜんぜん聞こえないの!?」鳴海さんが何かを喋る。何を言っているか聞こえない俺は、とりあえず当たり障りのない行動として笑顔でサムズアップを返す。
唇の動きだけでは何を言っているのかわからない。俺は市民講座で読唇術なんて学んでいなかった。
「聞こえるってこと!?」と、鳴海さん。俺は適当にサムズアップを繰り返す。鳴海さんの顔が輝いた。
「何か飲み物持ってない?」鳴海さんが深刻そうな顔で言った。
「ちょっと何を言ってるかわからないです」何を言っているか分からないので俺は言った。相手が深刻な表情をしてるときに、適当にに答えてはいけないのだ。
そう、俺たちはいま、テンプレ部の活動をしている。今回のテンプレはこの2つだ。
1、体育倉庫に閉じ込めらるテンプレ展開
2、女の子の大切な発言を聞き逃すテンプレ展開
そんなこんなで、かれこれ1時間は意思疎通の出来ないサムズアップマシーンと化した俺と、なんとか意思疎通を試みる鳴海さんという構図だ。
鳴海さんがヘッドフォンをトントンと指で叩きながら言った。「は・ず・し・て」
これくらいなら理解できる。俺は頷いた。やれやれ。これで終わりか。
「テンプレ展開、怖い……」ヘッドフォンを外した俺に向かって鳴海さんが言った。
なぜ俺がテンプレ展開の実践なんてことをしているのか、それを知るには今年の4月まで遡る。俺がピカピカの一年生として高校に入学した、あの4月だ。
ーーーーーーーーーーー
真新しい制服に身を包み、俺は入学式が行われる高校へと歩を進めていた。初めての通学路は満開の桜並木だ。淡い桃色の花びらが、秒速何センチメートルかで落ちてゆく。満開の桜は、新しく始まる生活を歓迎しているようだった。
高校生活に何を求めるか、それは色々な考えがあるだろう。ある人は甲子園を目指すし、ある人はいい大学に入るために勉強に力を入れる。何かに打ち込むとは素敵なことだ。
俺は多くを望まない。無難な高校生活を送れればいいと思っている。勉強もそれなりにこなし、それなりの部活にはいる。友人を作り、そしてあわよくば彼女を作る。そんな感じで過ごせればいい。
「何だ……」俺の目が違和感を捉えた。視界の隅に3人の女生徒。制服を見るに同じ高校だろう。着崩した制服、やや短いスカート、バッグに付いたぬいぐるみのキーホルダー。
そして、うち1人が加えている食パンだ。あきらかな異彩を放っている。その光景に、俺は一瞬足を止めた。
「いま! あの人いける! チャンス!」そんな声が聞こえる。食パンをくわえた状態の人はチャンスの状態にあるようだ。
「やっぱ無理だよ!」食パンを口から外して彼女は言った。「だって立ち止まっちゃってるじゃん!止まってる人にぶつかりに行ったら、10:0でこっちの過失だよ!」
彼女たちがなにをしていたのかよくわからないが、君子危うきに近寄らず、だ。始業式の時間も迫っているので俺は高校に向けて歩き出した。
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