雇われ妻の求めるものは

中田カナ

雇われ妻の求めるものは



「奥方様、領都の孤児院から定期報告書が届いております」

 家令から手渡された書類に目を通す。


「ありがとう…あら、焼き菓子販売が黒字に転じているじゃない!」

 この領都にパン屋はいくつかあるけれど、どこもお菓子はついでで種類もわずか。

 私がレシピを持ち込み、孤児院に焼き菓子専門店を作ったのだ。

 故郷の味を私が食べたかったというのもあるんだけど。


「わずかながら、ですけどね。それに初期の設備投資などを考えればまだまだではないかと」

「ううん、いいのよ。一歩ずつ進めていくことが大事だわ」

 試作はしてるけど表に出していないレシピはまだいくつもある。

 ある程度間隔をあけて新作を小出しにしていく作戦だ。


「それから、その報告書には記載されておりませんが、孤児2人が領都の西側にあるパン屋に住み込みで働くことが決まりました」

「…あ!もしかして赤毛の兄弟かしら?」

 うなずく家令。

「そうです、よくご存知で」


 孤児院での店舗の立ち上げでたびたび訪問しているからどの子もよく知っている。

 兄はしっかり者で慎重派、指示されなくてもテキパキ動く。

 まだ幼い弟はおしゃべりが大好きでいつもニコニコ。

「あのパン屋には跡継ぎがおりませんでしたから、いずれ正式に養子にするつもりだと聞いております」

「まぁ!それはよかったわ」

 赤毛の兄弟の屈託のない笑顔を思い浮かべた。


 あ、そうだ。

 この件は王都にいる旦那様へのお手紙に使わせてもらおう。

 何を書いても反応が薄くて書くことがなくて困ってたのよね。


 15歳で嫁いでもうすぐ3年。

 王都での任務に当たる旦那様とお会いするのはせいぜい年に1度。

 まぁ、どうせ雇われ妻だからどうでもいいんだけど。



 ■□■□■□■□■



 国境近くの子爵家に生まれた私は、母が早くに亡くなったこともあって家のことや父の領地経営を手伝っていた。

 兄が結婚して子爵家を継ぐことになり、兄嫁はとてもいい人だから邪魔にならないよう外で働く先を探していたところに持ち込まれたのは就職先じゃなくて縁談。

 お相手は軍人さんで国境紛争で武勲を上げたことにより男爵位と領地を賜った。

 平民だったので領地経営に関してはまったくの素人。

 多少なりとも知識のある私に白羽の矢が立ったというわけだ。


「男爵の妻という職に就いたと思って欲しい」

 最初の顔合わせでそう言われた。

 軍人らしく無骨な容貌と雰囲気の彼には王都での役職もある。

 領地経営と男爵家の家政は私に任せ、夫婦として過ごすことはないということ。

「かしこまりました。微力ながら男爵家と男爵領の発展繁栄に尽くしたいと思います」

 結婚願望はもともとたいしてなく、自立を目指していたからその方が私としてもありがたい。


 結婚式は行わず、書類にサインして提出しただけ。

 実家である子爵家を発つ前に家族で少しだけ豪華な食事会をしたけれど、そこに夫となる人はいなかった。


「多少なりとも手助けは出来るだろうから、困ったことがあればいつでも連絡しなさい」

 もうすぐ家督を兄に譲る父がそう言ってくれた。

「ありがとうございます、お父様」


 父は私がこれから暮らすことになる男爵領について調べてくれていた。

 もともとは不正を摘発された貴族から没収された領地の一部。

 不正をするような家なので領地経営についても推して知るべし。

 やらなければならないことは多そうだ。


 父は自身の右腕とも言うべき家令を嫁ぐ私につけてくれた。

 私が生まれる前から我が家にいてくれた頼れる人。

 次の子爵となる兄には家令の息子さんがすでに次期家令として働いている。

「こちらの引継ぎが落ち着いたら私もそちらへ顔を出すとしよう。まずは自分に出来ることを頑張りなさい」

 父と兄夫婦に見送られて旅立った。



「ようこそ、奥方様。お待ちしておりました」

 眼鏡をかけた年配の文官が出迎えてくれた。

 しばらく国の直轄領となっていた男爵領は、国から派遣された文官が領主代理を務めていた。


 これから引継ぎを行っていくけれど、領主代理はずっとこの地に留まるという。

「これが文官としての最後の務めと決めておりました。ここは私の故郷でもありますから」

 領主代理の身で出来ることは限られていて、現状維持が精一杯だったのだとか。


「そして奥方様のご実家から送られてきた計画書に私は心揺さぶられました。どうかこの地の発展のためお手伝いさせてください」

 そう、経験豊富な父や頭の切れる兄と相談して自治や開発などに関する計画書を事前に作成しておいたのだ。


「計画を実現するには人手はいくらあっても足りないから、間違いなく多忙になるわよ?」

 文官が笑みを浮かべる。

「ははは、望むところですよ。これでも文官としていろいろと経験してきましたし、伝手やコネもそれなりにございますからね」


 こうして私は実家からついてきてくれた家令と領主代理の文官というイケオジ2人を戦力にした。

 この勝負、勝てそうな気がしてきたわ!

 旦那様?

 いてもかえって邪魔になりそうだから、いない方がやりやすいかもね~。



 ■□■□■□■□■



「奥方様、旦那様がこちらへ来られるとのことでございます」

 旦那様が王都での任務を終えるまでは領主代理を務めることになっている文官が手紙を持ってやってきた。

「え、先々月に来たばかりよね?」


 この地に嫁いで約3年。

 土壌改良や水路開拓、林業のための山間整備、さらに福祉や教育制度の整備など忙しく過ごしていたらあっという間だった。

 その3年間に夫である男爵がこの地を訪れるのはせいぜい年に1度か2度。

 こないだ来たばかりなのにまた来るの?というのが率直な思いではある。


「伝手がありまして少々情報は得ているのですが、ご本人からお話を聞くのがよろしいでしょう」

 どうやら王都で何かあったらしい。

 壁際に控えていた家令に視線を向ける。

「よくわからないけど支度をお願いね」

「かしこまりました」

 いつものように丁寧なお辞儀をして家令は執務室を出て行った。


「おかえりなさいませ、旦那様」

「…ああ」

 どうしたのかしら?

 あいかわらず熊みたいに大きいけれど、今日はなんだか元気がなさそう。

「すまないが君と少し話がしたい。よいだろうか?」


 応接室に移動して、お茶を出してくれたメイドが去った後は2人きりになる。

「…実は軍を辞めてきた」

「えっ、そうなんですか?」

 真面目一辺倒だから生涯軍人一筋だとばかり思ってたのに。


 会話が途切れてしまったので、しかたがないのでこちらから尋ねてみる。

「何かあったのですか?」

「…第二王子殿下の護衛の任から降ろされた」

 何か問題があったのだろうか?

「あの、よろしければ原因をお伺いしても?」


 しばらく間があったものの、意を決したかのように旦那様が口を開く。

「…殿下が最近特に懇意にしている令嬢から『護衛は見目麗しい方にした方がよいのでは』と提案され、それを笑いながら受け入れた」

「はぁ?!」

 何だそれは。


「その後、軍本部に異動になったのだが、高位貴族出身者からの嫌がらせが多発した」

 旦那様は今は男爵位を賜っているけれど、平民出身で幼くして家族をすべて亡くしており、天涯孤独で後ろ盾はない。

 実力でのし上がり、武勲を立てて地位も得た。

 しかし王族護衛の任に就いたことも妬みの原因であったらしい。

「いつか我慢しきれず問題を起こす前に軍を辞すことにしたのだ」


「そうでしたか。大変だったのですね」

 元気がない理由はよく分かった。

「こうして男爵領に帰ってこられたのですから、まずはこの地で身体も心も休めてください」

 いったん区切ってすぐに続ける。


「な~んて言うとでも思いましたか?」

「え?」

 目を丸くする旦那様。

 向かい合ってソファーに座って話していたけれど、立ち上がって旦那様の前に立つ。

「この男爵領は常に人手不足なんですよ!過去の嫌なことなど思い出す暇もないくらい働いていただきます!やることは山積み!覚悟しておいてくださいね!」


 驚きのあまり声も出ないようだ。

「この男爵領をどこにも負けない地にすることで馬鹿な連中を見返してやればいいんです!」

「…見返す?」

「そうです!ぎゃふんと言わせてやるんですよ、ぎゃふんと!」

 売られた喧嘩は買うべきでしょう!

「いいですか、これは旦那様の新たな戦いです!あ、もちろん私も一緒に戦いますけどね!」


 とりあえず言いたいことは言い切ったので、今度はフォローに入る。

「残念ながら私には旦那様の心情をすべて理解できるわけではありません」

 そっと頭をなでる。

「ですが、旦那様のことならすべて受け入れましょう。辞めるという判断も正しかったと思いますよ。今までよく耐えて頑張りましたね」

「…ううっ」

 旦那様は私にしがみついてしばらく声も出さずに泣いた。

 私はただ黙って旦那様の頭を抱きしめてそっとなでていた。


 翌朝。

「まずは領主としてこの地の有力者達と会っていただきます。彼らなくしてこの地は成り立ちませんからね」

「わかった」

 意を決するように旦那様はうなずいた。


 まずは領都の商工会の会長に会いに行く。

 だが、その途中の商店街で顔なじみである雑貨店の奥さんに捕まった。

「あら、奥方様!隣のいかついのは新しい護衛さんかい?」

「あはは、違います!こちらは旦那様ですよ~」

 ほとんど来ることのなかった旦那様はこの地で顔を知られていない。


「えっ?!旦那様ってことは領主様ってことかい?」

「そうですよ。王都での任務を終えられ、これからはずっとこちらにおられます」

 雑貨店の奥さんが旦那様の前に立っておじぎをする。


「領主様、お初にお目にかかります。いきなりですが領民の1人として言わせていただいてもよろしいでしょうか?」

「…ああ、かまわない」

 うなずく旦那様。


「いくら王都での任務があったとはいえ、15で嫁いできた奥方様を今の今までほったらかしとはどういうことですか?!奥方様のおかげで昔の馬鹿貴族の頃が嘘みたいに活気あふれる暮らしやすい地になりましたけど、開発にかかった費用の多くは奥方様の持ち出しってみんな知ってるんですよ!」

 旦那様の細い目が少しだけ見開かれる。


 この地のさまざまな開発については旦那様に随時報告をしていた。

 だけど、そもそも領地経営の知識がない旦那様は金銭面に関しては無頓着。

 私もあえて報告には書かなかった。


 旦那様がこちらを見ているのでニッコリ笑う。

「確かに多くの費用が私の負担となっていますが、実際には実家である子爵家からの貸付です。いわば長期投資で回収まで含めた計画の下に動いておりますので心配は無用ですわ」

 そう、決して慈善事業などではない。

 先々まで考えた上での投資なのだから。


 旦那様にそう言ってから雑貨店の奥さんの方に向いてニッコリ笑う。

「奥さん、心配は要りませんよ。私の実家の子爵家は古くから商売で成り上がりましたから、損をするようなヘマは決していたしませんわ!」


 雑貨屋の奥さんがため息をつく。

「わかったよ、奥方様がそう言うのなら引き下がるさ。だけど、奥方様を大事にしないのなら、この地の多くの人間を敵に回すことになるからね!」

 ビシッと旦那様に言い切る奥さん。

「貴重な意見に感謝する。これまでの償いも含めて妻である彼女を大切にすることをここに誓おう」


 そんな感じのやり取りがあちこちで繰り返され、さらに面会した商工会の会長からもなかなかの嫌味を言われ、すっかりへこんでいる旦那様。

「皆さんきついことを言ってましたけど、本当は気のいい方々なんです。次に会う時はケロッとしてますよ」

 私自身、有力者達とけんか腰の討論になったことは何度もある。

 だけど誰もそれを引きずったりはしないのだ。


「みんなの言うことは正論だ。耳が痛いが受け入れねばならない」

 くしゃっと私の頭をなでる旦那様。

「そして君がこの地の人々に愛されていることがよくわかった。私もこれからはこの地のために尽力することを誓おう」

 旦那様の方を見てニッコリ笑う。

「そうですね、これまでの分も含めてたくさん働いていただきますからね!」


 しばらく2人で歩く。

「さて、これから行くところは最初に旦那様の力を発揮していただきたい場所です」

「私の力?」

 たどりついたは自警団の詰め所。

 まずは旦那様と団長を引き合わせ、現状を伝える。


「自警団は立ち上げましたが、まだまだ仮運用の状態です。なので今後どうあるべきかを自警団の方々とともに考えて実践していただきたいです」

 軍にいたのだから私なんかよりも知識はあるはず。

「うむ、そういうことなら私でも力になれそうだ」

 うなずく旦那様。


「それから各種訓練の指導もお願いしたいのですが、団員達は本職の軍人とは違います。その点だけは注意していただければと」

 多くは本業を持ち、この地のためにと志願してくれた人達だ。

「わかった」

 再びうなずく旦那様。


 翌日からも農業組合や山林管理組合の代表者など有力者達と旦那様を引き合わせた。

 一通りあいさつ回りが終わったところで領地の現状と今後の計画を説明した。

 多岐にわたるのでその都度また説明しようと思っていたけれど、旦那様は一度聞いたことは忘れないようで優秀な生徒だった。


 執務も少しずつ行ってもらい、時間を決めて自警団で訓練指導、というのが今の旦那様の生活。

 自警団の団員達ともだいぶ打ち解けたと聞いている。

「頭を使う時間と身体を使う時間、それぞれがいい気分転換になるようだ。団員達も気のいい連中ばかりだしな」

 この地に帰って来たばかりの頃と違って穏やかな表情をするようになった旦那様。

「そうですか、それはよかったです」

 そう言いながら旦那様の頭をなでなで。


 軍を辞めてこの地に来て私相手に大泣きした影響なのか、旦那様はなでなでをよく所望される。

 夫婦としての接触はこのなでなでだけ。

 夜をともにしたことは一度もない。

 そもそも雇われ妻なんだから別に気にしてないけど、まわりが少々うるさいのが面倒かな。



 ■□■□■□■□■



 旦那様が軍を辞めてこの地に腰をすえてからもうすぐ2年。

 つまり結婚してから5年になろうとしている。


 領地の開発は順調で、財政面でも計画以上の数値となって表れている。

「ふふふっ、順調順調!」

 実家の子爵家から中古の農具や各種機械を安価に譲ってもらったおかげで作業効率も格段に向上した。

 まぁ、それまでがあまりに古すぎたというのもあるけれど。

 かつてこの地を治めていた失脚貴族、本当に許すまじ。

 ちなみに譲ってくれた子爵領では最新型を導入しているのでもっと効率がよかったりする。


 男爵領の自警団は有能な人達が加入して大変充実している。

 というのも、かつての旦那様の部下だった人達が軍を辞めて続々とこの地に移り住んだのだ。

「我々はついていくと決めていましたからね」

 いずれも平民や下位貴族出身で、旦那様と同じく上位貴族の子弟から嫌な思いをさせられたらしい。

 治安維持だけでなく困りごとなどにも親切丁寧に対応してくれるので領民からの信頼も厚い。

 たくましくて優しい自警団はいまや男爵領の男の子達にとって憧れの職でもあるんだとか。



「…あ、もう朝か」

 昨夜はちょっと寝つきが悪かったけど、今日もいつもの時間に目が覚める。

 身支度をして朝食のため食堂へ向かう。


「おはようございます、旦那様」

 食堂に入ると旦那様がすでに席についていた。

「ああ、おはよう…ん?」

 旦那様の細い目が少しだけ見開かれる。


「顔色がよくない。もしかして具合が悪いのか?」

 あれ、よく気付いたなぁ。

「えっと、ちょっと頭が重い感じはしますけど、これくらい大丈夫ですよ」

 席に座りながら答える。

 今日は視察の予定が入っているけど、近場だから帰ってきたら少し休めばいいだろう。


 旦那様が立ち上がって私の席のそばまでやってくる。

「すまないが触れるぞ」

 額に旦那様の大きな手が当てられる。

 あ、冷たくて気持ちいい。


「熱があるな。食欲は?」

「…ん~、あんまりないかも」

 あれ、旦那様に対する話し言葉が雑になってるな。

 ちょっと思考力が落ちているかもしれない。


「抱き上げるぞ」

 答える前にふわっと抱き上げられる。

 あ、これってお姫様抱っこというヤツだ。

 お兄様が結婚式で花嫁さんをこんな風に抱き上げてたっけ。

 花嫁さんは笑顔だけど、お兄様の必死な表情がおもしろかったんだよなぁ。


 旦那様は家令やメイドに何やら指示を出し、私が連れて行かれたのは一度も使ったことのない夫婦の寝室。

「…なんで?」

 掃除は毎日してもらっているのは知っているけど。

「この部屋の方が広いし暖かい。それに私が様子を見に来るのが楽だからな」

 それぞれの私室の間にあるのが夫婦の寝室だから。


「…でも、風邪だったら移っちゃうかも」

「口を布で覆うし、手洗いやうがいを徹底するから心配は無用だ」

 軍にいた頃に病気や怪我の対処法などさまざまな知識を得ていたのだとか。


 旦那様に指示され家令が手配してくれた医師の見立てでは風邪。

「おそらく数日前から調子がよくなかったのではないのか?」

「…そうかも」

 丈夫だけがとりえだったので、具合が悪いというのがよくわかっていなかったかもしれない。


「でも、お仕事が…」

 こうして横になっていても気になってしまう。

「今日の視察なら先方に事情を説明して延期させてもらった」

 旦那様、仕事が速すぎる。


「明日以降の予定も変更させてもらった。熱が下がっても少なくとも3日間は安静にするように」

「…大丈夫ですか?」

 視察以外にも仕事はたくさんある。

「書類仕事は君に鍛えられたんだぞ。少しは弟子を信じろ」

「…うん」

 師匠になった覚えはないけれど、今は頭が働かないから任せるしかない。


 ベッドで横になっている私の頭を旦那様が大きな手でそっとなでる。

「君は嫁いできてから5年近く休みなしだった。今まで気付かなくて申し訳なく思っている」

「…別にそれくらい普通では?」

 実家でもずっとそうだったし。


「領民には定期的に休みを取るよう条例を制定した本人がそれではダメだろう」

「…あ、そうだった」

 休みを取った方が効率が上がることは実家の子爵領で実証済みなので取り入れたんだよね。

「働きづめだったのだ。少しばかり休みを取っても問題はない。そうなるよう君がここまで努力したのだから」

 そっか、ちょっとくらい休んでもいいんだ。

「そうしま…す」

 ホッとしたら急に眠気がやってきた。


 熱は翌日には微熱に、さらにその次の日にはすっかり平熱になったけど仕事はまだ禁止。

 旦那様は頻繁に様子を見に来てくれる。

「りんごの皮むき、お上手なんですね」

 ベッドの脇に置かれた椅子に座ってするすると皮をむいていく旦那様。

「昔からやっているし、軍には野営での訓練もあるから料理もそれなりに出来るぞ」

 なるほど。


 旦那様は幼くして両親を病で相次いで亡くし、10歳で軍の下働きを始めたんだとか。

 そのまま正規雇用となり国境紛争で武勲を挙げた。

 平民としては異例の出世だったらしい。

「俺達にとって本当に憧れの存在だったんすよ」

 旦那様を追ってこの地にやってきた自警団の人達がそう言っていたのを思い出す。


 私も実家の子爵領での暮らしなどについてあれこれ話した。

「なるほど、休日制度はすでに子爵領で十分な実績があるのか」

「はい、曽祖父の代にはすでに制定されていたと聞いています」

 そんな感じでこの休みの間にお互いのことをたくさん知ることが出来たように思う。



 そして明日からようやくお仕事解禁となった頃、旦那様は真剣な表情で尋ねてきた。

「もっと早くに聞くべきだったのだろうが、君はこんな年上の私に嫁ぐことに抵抗はなかったのか?」

「ん~、年齢の差は別に気にしませんでしたね」

「そうなのか?」

 そもそも雇われ妻だから年齢なんてどうでもいいと思っていたのもあるけれど。


「だって旦那様って兄と同い年ですから」

 私の兄も8歳上だ。

 年齢差があるのは本当は兄と私の間に姉がいたから。

 残念ながら生まれつき体が弱くて1歳の誕生日を迎えることなく亡くなってしまったけど。


「その、君は私のことをどう思っているのだろうか?」

 不安そうな表情で聞いてくる旦那様。

「えっと、率直に言っちゃってもいいですか?」

「もちろんだ」


「結婚してからの3年間はほとんど会っていないのでほぼ他人でしたね。王都でお忙しかったのはわかりますけど、手紙を出しても返信はまれ、たまに届いても内容はそっけないものばかりでしたし」

「…それは本当に申し訳なかったと思っている」

 大きな身体を縮こまらせる旦那様。

 それがなんだかおかしくて笑いそうになる。


「でも、軍を辞めてこちらに来てからの旦那様はいいと思いますよ。私みたいな小娘に教わっているのに真摯に学んでくれて、一度教わったことは忘れませんし」

「それは教えを請う側としては当然だろう?」

 旦那様が不思議そうな表情をする。


「それがそうでもないんですよねぇ」

 父が家令を私につけて送り出し、旦那様が来るまで領主代理の文官を置いたのも私だけでは舐められるから。

 実際、バックにイケオジ効果はとても大きかった。

 ちなみに領主代理だった文官は、旦那様が来てから領主補佐と役職を変えて今も元気に働いている。


「自警団の活動を軌道に乗せ、領地経営もがんばってくださってます。あと、領民とも上手く接してますよね」

 挨拶まわりではいつも『平民出身だから身分など気にせず接して欲しい』と言っていた。

 商店街の奥さん達に時々からかわれているのも知っている。

「そもそも私がやらねばならないことだからな」

 少し照れている旦那様。


「そして私のことをいつも気遣ってくださってますよね。なかなか言う機会がなかったので言わせてください。本当にありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。

 視察は常に同行してくれるし、外出もたいてい一緒。

 どうしても都合がつかなければ自警団にいるかつての部下をつけてくれる。

 旦那様お1人で出かける時は私が好きな甘いお菓子をお土産として必ず持ってきてくれる。


「お、夫が妻を気遣うのは当たり前のことだ」

 旦那様の耳が真っ赤に変わる。

「ふつつかな雇われ妻ですけど、これからもがんばりますね。いつか役目を終えるその日まで」

 もう領主としてやっていける実力は身に付けている。

 私の役目はそう長くはないかもしれない。

 そろそろ職探しを始めた方がいいかなぁ?


「…その、今さらなのだが『雇われ妻』と言ったことを撤回させてほしい」

「えっ?」

 妻はもう終了ってこと?


「すでに君のことは家族と思っている。そして、これからは本当に夫婦としてともに歩んでいきたい」

「…え~と?」

 あれ、おかしいな。

 風邪は治って熱も下がったのに理解が追いついてない。

「つまり君を心から愛している、ということだ」

 愛してる?


「…なんで?」

 やっぱり理解できないんだけど。

「結婚してろくに会うこともなかった3年間、君はこの地のために尽くしてくれた。私がこの地に来てからは懇切丁寧に領地経営のノウハウを授けてくれた」

「だって私はそういう役目だから」

 雇われ妻はそのために来たんだもの。


「領主代理任せにすることなく、私の想像をはるかに超える頑張りを見せてくれた。そして私が来た時にはすでに多くの領民から慕われていた」

 それは父の教えがあったから。

 人を動かすならまず自分から。

 そして人と人のつながりが一番大事なのだと。

 積極的に話しかけてたら、なぜかみんなからおもしろがられたけど。


「私はどうも感情表現が苦手なのだが、君はいつでも表情豊かで、一緒にいて楽しいと思った」

 感情を表に出すのは貴族としてはあまりよくないんだろうけど、外面だけよくてもダメだってこともよくわかってる。

 この地に来て有力者達と意見がぶつかったことだってたびたびある。

 今ではみんなすっかり仲良しになったけど、かなりの論戦を繰り広げたこともあるのだ。


「そして何より軍を辞して失意のうちにこの地へやって来た時、君は時に励まし、時に叱咤して私を受けてくれた。これからはそんな君を私が幸せにしたい、そう思ったのだ」

 そこまで言われては、ねぇ?

「自分で言うのもなんですけど、私ってかなりの頑固者ですよ?本当にそれでもいいんですか?」

「もちろんだ。そこも含めて好きになったのだから」


「王都で旦那様をないがしろにした人達をぎゃふんと言わせるまではこの地で頑張りますからね?」

「私もともに頑張ろう。2人なら無敵だ、違うか?」

 ニヤッと笑う旦那様。

「はい!私も旦那様が大好きです!」



 想いが通じ合ってから、旦那様はやたらと私を抱きしめたりなでたりするようになった。

 でも、いまだに夜はともにしていない。

 やっぱり8歳も下だと子供っぽく見えるのかなぁ?


 そんなことを思い悩んでいたある日の朝。

「今日は確か外出の予定は入っていなかったな?」

 朝食の席で旦那様が尋ねてきた。

「はい、そうですけど」

 書類仕事をいくつか片付けようと思っていたくらいで、急ぎの案件もない。


「それでは午後から私に付き合ってくれないか?」

「はぁ、別にかまいませんが」

 最近では仕事に関係なく旦那様とお出かけすることがある。

 屋台で食べたり森を散策したり、いわゆるデート的なものである。


 軽めの昼食後にメイドが用意してくれた一番お気に入りのワンピースに着替え、旦那様にエスコートされて馬車に乗る。

「今日はどこへ行くのですか?」

「それは着いてからのお楽しみだな」

 どうやら教える気はないらしい。

 領都内なら歩くことが多いので、馬車に乗るということは少し遠出かな?


 馬車の窓のカーテンはぴったりと閉じられていて、どこを走っているのかわからない。

 旦那様と仕事に関する話をするけれど、それなりの時間を走っている割には道が荒れる様子がないのが気になる。

 領内の道の整備はまだ半ばで、郊外は整備が追いついていないところも多いのだ。

 だから目的地の見当がつかずにいる。


「旦那様、奥方様、到着いたしましたよ」

 御者から声がかかる。

「では君が先に降りるといい」

「あ、はい」

 あれ、めずらしいな。

 いつもなら旦那様が先に降りて手を取ってくださるのだけど。


 御者がステップを置いた音がして、外からゆっくりを扉が開かれる。

 馬車の中は少し暗かったからちょっとまぶしい。

 ステップに一歩踏み出したらたくさんの声が聞こえてきた。


「「「 奥方様、お誕生日おめでとうございます!! 」」」


 そうだった、今日は私の二十歳の誕生日じゃない。


 目が外の明るさに慣れてよく見ると、ここは男爵家のお屋敷から徒歩5分の聖堂前広場。

 どうやら馬車はわざと領都内をぐるぐるとまわっていたらしい。

 まさか旦那様にサプライズをやられるとは思わなかった。

 広場にはたくさんの人が集まり、あちこちに花が飾られている。

 今は春だけど、まるで秋の収穫祭のよう。


 いつのまにか反対側から馬車を降りていた旦那様がこちらにまわってきていて抱き上げられる。

 だけど、これって子供とかにする縦抱っこなんですけど?

 いくら私が小柄だからってあんまりじゃない?

「さぁ、集まってくれた領民に手を振ってやるといい」


「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

 あちこちから声がかかるので手を振って笑顔で応える。

 ゆっくりと進み、ステージに上がった。


 孤児院の子供達が花束を持ってステージにやってくる。

「おくがたさま、おたんじょうび、おめでとうございます!」

「このお花は奥方様からいただいた種から育てました」

「広場を飾るお花も奥方様が嫁いできた時に配られた種から増やしたものです」


 そう、嫁いでくる時に実家のある子爵領から種をたくさん持ってきた。

 ほとんどは植物油を採取するための品種だったけど、いろんな種類の花の種も持ってきて孤児院や商店街などあちこちに配ったのだ。

 そのおかげか領内はいつでもどこかで花が咲いている。

 子供達から花束を受け取ると拍手と歓声が上がる。

「みんな、ありがとう!これからもきれいなお花をたくさん育ててね」

「「「 はい!! 」」」


 会場に聞こえるように大きな声で話す旦那様。

「実は私からも贈り物があるのだが、少々支度が必要なのだ」

 旦那様の合図でぞろぞろとやってきたのは商工会の婦人部の方々や商店街の奥さん達。

「「「 さぁ、奥方様まいりましょう!! 」」」


 有無を言わさず連れて行かれた先は聖堂内の控え室。

 そこにあったのは純白のドレス。

「あれ、これって…?」


 だいぶ前に商工会の婦人部の会合の後で洋装店のオーナー夫人から相談を受けた。

 平民にも婚礼衣装を普及させたいけれど、まずは貸し衣装から始める計画なので品揃えについて考えてほしいと。

 他の婦人部の方々とわいわいと意見を出し合ったのだけれど、その時に

「奥方様ご自身が着るとしたら、どれを選ばれますか?」

 と尋ねられたので、一番いいなと思ったデザイン画を指差した。

 今ここにあるのはまさにその実物。


 あっという間に着替えさせられ、控え室を出ると声がした。

「ああ、綺麗だな。よく似合っているよ」

「…えっ?!」

 そこに待っていたのは子爵領にいるはずのお父様。

 ああ、もう今日は驚くことが多すぎる!


「これはお前の母が婚姻式の時に使ったヴェールだよ」

 少し古びた箱の中には薄い布が納められていた。

 お父様がそっと私にヴェールを被せてくれる。

「さぁ、行こうか」

 差し出された肘に手を添える。

「…はい」


 聖堂内に入り、赤いじゅうたんの上をゆっくりと進んでいく。

 左右に並ぶ席には男爵領の有力者が勢ぞろいしている。

 その先には正装に着替えた旦那様が待っていた。

「幸せになるんだよ」

 そう言い残してお父様は離れていく。


 婚姻式が始まる。

 誓いの言葉の後はヴェールを上げられて誓いの口付け。

 初めてのキスはそっと触れるだけ。

 そして旦那様の極上の笑顔。

 旦那様って意外とロマンチストだったんだなぁ~なんて思ったり。

 婚姻式を終えて聖堂の扉が開かれると、たくさんの拍手と歓声が上がる。


「「「 ご結婚おめでとうございます!! 」」」


 今度はお姫様抱っこされて聖堂の階段を降りていく。

「あの、結婚したのは5年も前なんですけど?」

 小声で旦那様に尋ねてみる。

「まぁ、それはそれとして今日から本当の夫婦だと思って欲しい」

 頬にキスされた。


 ステージ上に移動して旦那様が集まってくれた人達に伝える。

「今日は春の訪れと豊作祈願、妻の誕生日そして私達の婚姻式を祝う日だ。食べ物も飲み物もたくさん用意した。みんな心ゆくまで楽しんでもらえたらと思う」

 さらなる歓声と拍手。


 私達はたくさんの人達から祝福を受けた。

 自警団の主要メンバーが旦那様を胴上げしてまた歓声が上がる。

 楽隊や曲芸団も招いていたようで、とてもにぎやかだ。


「このお祭り騒ぎは夜まで続くだろう」

 秋の収穫祭がいつもこんな感じだからよくわかる。

「だが、我々はキリがよいところで引き上げるからな」

「そうなんですか?」

 収穫祭の時は最後までいたのに。


「我々は新婚だぞ?あとは察しろ」

 そう言って耳を赤らめる旦那様。

 結婚したのは5年も前なんですけどね。



 お屋敷に帰ってきて湯浴みをして楽な服装に着替える。

 広場であれこれ勧められてお腹いっぱいなので夕食は無理。

「今日は疲れただろう?」

「疲れたというか驚くことだらけでした」


 旦那様が言うには、ずいぶん前から私に気付かれないよう計画を立てていて、いろんな人達に協力してもらったのだとか。

 子爵領から来てくれたお父様はしばらくこの地に滞在されるそうで、古くからの友人宅に滞在しているらしい。

 お兄様は子爵領でお留守番なのだが、兄嫁は第2子を身ごもっているとのこと。

 1人目は男の子だったけど、次はどっちかな?

 お祝いを考えなければ。


「さて、そろそろ時間だな」

 なぜか毛布を巻かれてお姫様抱っこされて2階の夫婦の寝室からバルコニーへ出る。

 もう日が暮れかけて夕焼けを1割ほど残した空。


 ドーン! ドーン!


「うわぁ?!」

 夜空に広がったのは色とりどりの花火。

 赤、緑、青、白、金…

 光の粒が夜空を彩り、何発も続けて打ち上がる。


「すごくきれいですね」

「ああ、そうだな。本当はもっと暗くなってからとも考えたのだが、子供達にも見て欲しかったからな」

 そんなところまで気遣ってくれる優しい旦那様。


「でも、どうして花火…?」

 秋の収穫祭でも上げたことなどないのに。

「軍を辞してから戦友でもある同僚や部下が貴族軍人の横暴さを新聞社に事細かに話したそうだ」

 軍上層部も貴族軍人が占めているため、いくら声を上げても通ることがない。

 それならばと伝手を使って新聞社に話を持っていき、実名入りの記事が世に出回った。


 今は平時で軍部も世論を敵にはまわせない。

 ましてや国境紛争時に英雄と称された旦那様まで辞す事態と知られてしまった。

 退役軍人からの暴露も相次ぎ、問題となった貴族軍人達の処分など王都は大騒ぎだったらしい。

「私にもそれなりの額の慰謝料が入ってきたのだが、正直あまり気分のよくない金なので使い切ってしまおうと思った」

 ちなみに不祥事発覚で軍の祝祭行事が中止され、その花火を買い取ったんだとか。


「国からの謝罪と復帰要請もあったが、有事には馳せ参じるが妻とともに領地経営に専念したいと復帰は断った」

「本当に復帰しなくていいんですか?」

 あんなに軍一筋だった人なのに。

「ああ、今は君とこの地が一番大切だからな」

 そっと抱きしめられる。

 最後はひときわ大きな花火で締めくくられ、その後は身も心も本当の夫婦になった。



 翌日は目が覚めるとすでに旦那様はベッドにいなかった。

 たぶん手加減してくれていたと思うけど体力不足を痛感する。

 散歩の時間を増やそうかしら?


 そして午後からお父様がやってきた。

 昨日は話す時間がなかったのですごく嬉しい。

「昨日はお父様がいらしてるなんて知らなかったからビックリしましたよ」

 手紙のやりとりも頻繁にしているのに、来訪については本当に何も触れていなかったのだ。

「ははは、男爵殿にくれぐれも内密にと言われていたからな」

 旦那様もお父様と手紙のやりとりをしていることを初めて知った。


「婚姻関係を結んだお前を3年間も放置していたことを何度も真摯に詫びてくれたよ」

「そうだったんですか」

 全然知らなかった。

「そして今は心から愛しているので、お前の二十歳の誕生日に婚姻式を挙げたいと連絡を受けて協力することにしたんだ」

 だからお母様のヴェールを持ってきてくださったのか。


「私はお前を王都の学院へやらなかったことが本当によかったのか今でも思い悩むことがあるよ」

 旦那様の話が一区切りついたところでお父様がそんなことを言い出した。

「でも、行かないって言ったのは私ですよ?」

 お父様やお兄様が学院で使っていた教科書は子供の頃から暗記するくらい読み込んだ。

 そして2人は実地で領地経営を叩き込んでくれた。


「それはそうなのだが、男爵領を発展させたお前なら、また別の道があったかもしれないと思ってね」

 首を横に振る。

「私だけの力じゃありませんよ。それに私は今の自分にとても満足していますから心配無用です」


 みんなが笑顔で憂いなく暮らせること。

 子爵家は代々このことを領地経営の最大目標としてきた。

 この男爵領でも私なりに実現できつつあると思う。


「お前は今、幸せかい?」

「はい!」

 旦那様というかけがえのないパートナーにも恵まれた。

 まぁ、いずれこのまま離婚かな?とか思ってたけれど、今の旦那様は公私ともに頼れる人だから。


 しばらく故郷の子爵領や兄の家族の話に花を咲かせる。

 このお屋敷にも部屋はあるから泊まるように勧めたけれど、父の友人は一人暮らしとかでそちらの方が気楽だからと固辞された。

「お前の兄やその家族も会いたがっているから、たまには子爵領に帰っておいで。もちろん男爵殿も一緒にね」



 ■□■□■□■□■



 半年後、旦那様とともに子爵領を訪問し、お父様やお兄様の一家と楽しい時間を過ごした。

 お兄様の子供達がかわいかったな~とか思いながら男爵領へ戻り、しばらくして私の妊娠が発覚。

 今は旦那様が仕事のほとんどをこなしてくれている。


 お腹が目立つようになって来た頃、王都から書状が届いた。

「…陞爵が決まった」

 旦那様は男爵から子爵へ。

 そしてお父様から爵位を継いだお兄様は子爵から伯爵へ。

 めでたさも二重ではあるんだけど。


「なんだか急じゃないですか?」

 素朴な疑問をぶつけたら旦那様が裏事情を教えてくれた。

 かねてより問題視されていたいくつかの貴族の家に抜き打ちの査察が入ったらしい。

 あまりにひどいところはお取りつぶしもあったとか。

 代わりに安定した領地経営を行い、人口や税収が増えている家の爵位が上がることになったのだ。


「そして、その貴族問題に関連して第二王子殿下が王位継承権を剥奪された」

 確かお気に入りの令嬢に言われるまま旦那様を見た目だけで役職からはずさせた方だっけ。

 その令嬢、なんと他国と通じていたらしい。

 もっとも危険な思想があるわけではなく、ただ利用されてただけみたいだけど。


 国としてはわざと泳がせて偽情報を流したりしていたそうだが、殿下が令嬢に貢ぐために国庫に手をつけたのが継承権剥奪の理由。

 殿下を囮として使ったこともあり、平民に落とすまではしなかったが男爵位と小さな領地を与えられることになった。

 改心して領地経営もちゃんとこなせば復帰の可能性もあるらしい。


「実はその領地というのがうちと隣接していて、領地経営の指導も頼まれているのだが…君はどうしたい?」

 ちょっと困り顔の旦那様。

「旦那様はどう思っているのですか?」

「本人次第だと考えている。役職を下ろされた件はもう過去のことだから気にしていない」

 旦那様が言うには令嬢に誑かされる前の殿下はまともだったらしい。


 私は出産と子育てが控えているので主に旦那様が指導することになるだろう。

 人に教えることは自分自身の再確認にもなるし、新たな気付きもあるだろうからよいことだと思う。

 旦那様が過去のことは気にしていないというし、私は思うところがないわけじゃないけどそもそも直接の面識はない。


 そしてもうすぐ旦那様は子爵になるけれど、やがてやってくる殿下は男爵位。

 さらに向こうは教えを請う立場。

 つまりこちらが上というわけで。


「そうですね、私としては1つだけ条件があります」

「それは何だ?」

 首をかしげる旦那様。


「殿下が『ぎゃふん』って言うことです!」

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雇われ妻の求めるものは 中田カナ @camo36152

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