スイーツと謎解きはいかが?Ⅱ

 宣言通り、五分後に冴木が部屋から出てきた。焼きそばはラップをして冷蔵庫にしまってきたらしい。今日の晩御飯になるのだろう。

 みれいたちはアパートを出て大通りの方へ向かう。目的地はさほど遠くはない。徒歩で二十三分でスノーホワイトに着くと、スマートフォンのナビ画面に表示されていた。

 春のぽかぽかとした陽気のなか、四人で歩く。道端にはタンポポが咲き、遠くの家屋には、早くも鯉のぼりを出しているところがあった。

「お二人は、電車で来たんですの?」

「そうです。といっても、二駅ですけどね」

 みれいが質問すると、凛がにこやかに返事をする。愛嬌もあって、本当に冴木の妹かと疑いたくなるぐらいだった。

「ということは、実家からそう遠くないんですわね」

「あのさ、有栖川君」

 冴木が口を挟む。

「そうやって僕の個人情報を詮索するのはやめてもらえるかな」

「冴木先輩、わたくしは今、凛ちゃんたちとお話をしているんですの」

 やり取りを見ていた凛がくすくすと笑う。

「仲いいよね、あの二人」

「うん」

 瞬が素直にうなずく。

 するとそこへ、聞き覚えのあるエンジン音と共に一台の車が現れた。白のポルシェ。思わずみれいは、声を上げていた。

「あっ、恵美めぐみさん」

 助手席側の窓が開き、昔からお世話になっているメイドの恵美が、運転席から小さく頭を下げた。今日はメイド服を着ておらず、アイボリーのカーディガンに黒のジョグパンツでカジュアルめのスタイルだった。つまり、オフなのだろう。その姿を見るのはほとんど初めてだったが、オフでもメイド服のようなモノトーンなのかと変に感心した。

「みれいお嬢様、どちらまで行かれるのですか?」

 恵美はみれいたちに軽く頭を下げた。

「ええ、新しく開店したスイーツビュッフェまで。よろしければ、恵美さんもご一緒にいかがですか?」

 しかし恵美は首を横に振った。

「申し訳ございません、ランチはもう済ませてしまいまして……。ただ、お店までご案内させてください」

「わかりましたわ、ではお言葉に甘えて」

 みれいが後部座席の扉を開けて、冴木たちを歓迎する。凛と瞬はこういった車を見るのは初めてなのか、目を輝かせている。

「この車、有栖川さんのとこの何ですか? あの、もしかしてお金持ちなんですか!?」

 凛が訊くと、みれいは首を傾げた。

「いえ……? こちらは使用人の方に貸し与えている車ですよ」

「え? でも……」

「まぁいいじゃないか」

 気付けば冴木は後部座席に我先に乗り込もうとしている。

「歩くよりは断然、効率的だね」

「もう、冴木先輩ったら」

「ほら、瞬おいで」

 冴木が手招きすると、瞬も素直に車に乗り込んだ。最後に凛が乗り、みれいは助手席に乗り込む。

「すみません、えっと……スノーホワイトっていう喫茶店までお願いします」

「おにぃったら、タクシーじゃないんだから!」

 恵美が二人のやり取りをルームミラーで見ながら微笑む。

「また、お会い致しましたね、冴木さん。お嬢様と同じで、下の名前で呼んでもらっても構いませんけれど一応苗字は、葉山はやまです」

「はぁ。葉山さん、すみませんがお願いします」

「はい。かしこまりました」

 みれいはよく知っている家政婦と、変にかしこまっている冴木が話しているのが何だか可笑しくて、ニコニコとしていた。

 みれいたちを乗せたポルシェは国道をぐんぐん北上していき、信号には一回引っかかっただけだった。あっという間に目的地の建物が見えてくる。お店ののぼりに、お好きなスイーツ食べ放題! という文字がでかでかと掲げられていた。休日の昼過ぎということもあって、駐車されている車が多かったので、一旦店の前で停車してみれいたちは車を降りた。

「帰りもお迎えにあがります。連絡をいただいてもよろしいですか?」

「ええ、もちろんですわ」

 恵美は小さくお辞儀をして、再びエンジン音を轟かせながら去っていった。

「帰りまでお願いして、大丈夫なの?」

 冴木が不安そうな顔をしていた。

「時間外労働だ」

「大丈夫ですわ。恵美さんとはわたくしが物心つくころから一緒なんですの。彼女は仕事だなんて思っていませんわ」

「ならいいけど……」

「それよりも、スイーツですわ!」

 みれいは若干誤算はあったが、結局こうして冴木とスイーツビュッフェに来れたことを心から喜んでいた。凛と瞬も、こういう機会は珍しいのか楽しそうだ。

 扉を開けて店内に入る。店内はシックな内装で、もっとファンシーで、派手派手しいかと思っていたが高級店のような出で立ちだった。コックコートの女性がにこやかな笑顔で出迎えてくれる。

 みれいたちは入口からは少し離れた窓際のテーブル席に案内された。他のテーブルには女性客が目立つ。それ以外は家族連ればかりだった。店員さんから、制限時間内ならいくらでもおかわりしても構わないが、残さないようにだけお願いしますと説明を受けて、各々が順番にスイーツを取りに行った。

「思っていたよりも、種類が多いね」

 冴木が、早速取ってきたレアチーズケーキを頬張る。

「味もしっかりしている」

「開店したばかりなんですから、当然ですわ」

「その理論だと、老舗の味ってのが台無しだね」

「まぁ、いいじゃありませんの」

 みれいのお皿には、モンブランとガトーショコラが乗っている。なんだか見た目が茶色っぽいものばかりになってしまった。向かい側に座っている凛を見てみると、ティラミスと小さい器に入ったカボチャのプリンのようなものが乗っている。瞬のほうは、イチゴのショートケーキとベイクドチーズケーキだった。

 しばらくケーキの感想を言いながら、みれいは何度かおかわりをした。中でも、マスカルポーネのチーズモンブランが絶品だった。冴木は一人で黙々と食べ進めていたが、時折、凛と瞬がお互いの持ってきたケーキを一口食べさせあっていた。

 だがどれだけ美味しくても、二十分ほど経ったときにはお腹が膨れてきてコーヒーに逃げることになった。やはり、甘いケーキにはコーヒーが合う。

「ところで、二人はどうして僕の家にわざわざ来たわけ?」 

 冴木が、何個目かも分からないレアチーズケーキを食べ終えて質問した。どうも気に入っているようだ。

「うん。お母さんが、連絡取れないのが不便だから、早く携帯買って教えなさいって」

「あ、そう」

「もう……おにぃはいいかも知れないけど、私が色々言われるんだからね」

「もしかして、まだ小テスト作るのとか手伝わされてるの?」

「そうよ。元はといえばね、おにぃが一度手伝ったからいけないんだよ。学年主任に褒められたんだって喜んで帰ってきてから、事あるごとにおねだりしてきてたでしょう。大体おにぃは――」

 食べ放題の時間はまだ三十分ほどあるが、何だか長い話になりそうである。

 冴木は携帯もなければ、家に固定電話もない。確かに離れて暮らしていると――といっても、二駅分の距離らしいが――心配になるのかもしれない。かくいうみれいは親の電話番号は登録してあるものの、引っ越してから一度たりとも電話が掛かってきたことはなかった。何かと心配してくれるのは、妹と家政婦の恵美ぐらいである。

「それを言うためだけに、わざわざ二人で来たわけ?」

 冴木の視線を受けた瞬は、小さなプリンアラモードに乗っていたさくらんぼを食べてから答えた。

「ちょっと分からないことがあって、お兄ちゃんなら分かるかなって」

「瞬ったら、私にも何を言いたいのか教えてくれないのよ」

「お勉強でしたら、わたくしにお任せですわ」

 みれいが胸を張っていうと、瞬は首を横にふるふると振った。あんたじゃ頼りない、という意味ではないだろう。

「勉強じゃなくて、ノートと消しゴムのこと」

 全くもって何のことか理解が出来なかった。冴木家の人間にしか伝わらないものなのだろうか、と冴木と凛を見てみるがぴんときていないようだった。

「もう少し、詳しく教えてくれる?」

 冴木がフォークを置いて、いつになく優しい声色で質問する。すると、瞬は持ってきていたメロンソーダの描かれたトートバックに手を突っ込んで、一冊の方眼ノートを取り出した。表紙には平仮名で「さんすう」と書かれている。その下に四年三組冴木瞬と書いてあった。

 瞬は算数のノートを真ん中のあたりまでめくってから、こちらに広げてみせる。そこにはまだ何も書かれていない薄いマス目が印字されているページがあるだけ。だが確かに、思いっきり開いて折り目をつけてあるようだ。机の上に置いて手を離しても、開いた状態を維持している。

「土曜日に、家で勉強をしているときにはこうなっていなかったんだ。だけど、月曜日に学校に行って使うときには、こうなってた」

「ランドセルに入れるときに、開いたままになっていたとかではありませんの?」

 みれいが簡単に言うと、瞬は真剣な顔で首を横に振った。そんな単純な話ではない、と目が訴えている。

「誰かクラスの子が、ノートをコピーしたんでしょ」

 そう言ったのは凛だった。確かに、この折り目はコピーを取るときに綺麗に印刷できるようにつけたように思える。でも、不自然だ。

「まだ何も書いていないページをコピーする意味って、何かあるんですの?」

「それは……」

 凛もそこまでは考えていなかったようで、言葉に詰まる。折り目のついたページが、授業内容を書き留めてある部分ならば、学校を休んだ、あるいは居眠りでもしていてノートを書き損ねたクラスメイトがこっそり写そうとしたとも考えられる。しかしだとしても、ちょっとノートを見せてもらうぐらい、こそこそしなくてもいいのに、とみれいは思った。

 試しに他のぺージも見てみるが、綺麗に数式や図形が書いてあるだけで、折り目はなかった。

「まぁ二人とも」

 冴木はまだ冷静にノートに目を落としている。

「まだ続きがあるだろう。瞬、消しゴムは?」

 みれいは瞬がノートと消しゴムのことを聞きたい、と言っていたことを思い出す。まだ情報が出揃っていない状態で議論しても無駄というわけだ。

 瞬は待っていましたと言わんばかりに、メロンソーダの印刷されたトートバッグから筆箱を取り出す。筆箱は、長方形の缶のような質感のものだった。ロックを外すと、軽い音と同時に蓋が空き、中が見える。鉛筆が一本とシャープペンシル、もう少しで使い果たしてしまいそうだ小さい消しゴム。消しゴムのカバーは、ハサミで切ったのか消しゴム本体の大きさに合わせてあった。

 筆箱はお弁当箱のように二層式になっていて、まだ下の部分にも文具が入っていた。シャープペンシルの芯と、赤ペンにマーカーペンが数本。その中に、まだ新しい消しゴムがあった。瞬が、その新しい消しゴムを取り出す。

「これが、おかしな消しゴム」

「おかしなって、どういうこと?」

 隣で凛が質問した。

「これもノートに折り目がついた日と同じ時に気がついたんだけど、五限目の算数のときに、シャーペンの芯を変えようと思ったら、消しゴムのビニールが剥がれてたんだ。まだ新品で、開けていなかったのに」

「確かに新品の消しゴムってビニールで包まれているけど……自分で開けた可能性はないの?」

「いつも、古いのを使い切ってから使うんだ。だから、開けないよ」

「えっと、じゃあなに」

 凛がこれまでのことを総括した。

「その月曜日のあいだに、瞬の知らないところで算数のノートに折り目がついて、新品の消しゴムが使われていたってこと?」

「消しゴム、使った痕跡はないんだよ」

 確かに瞬のもっている新品の消しゴムは、仕事をこなしているようには見えない。真っ白で、少しも黒い部分はなかった。

「ふむふむ、よく分かりましたわ」

 みれいはごほん、と咳払いをした。

「ここは、名探偵有栖川みれいにお任せですわ!」

「あれ、ワトソンじゃありませんでしたっけ?」

 

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