罪祓いの最果て

@jtwmkt523

プロローグ──世界の変節──

 星紋術アルテリス

 古くは「魔法」や「呪法」と呼ばれ伝説や空想の産物ではなく、現実に存在するものだと人類が理解したのは何時いつのことだったか。

 日本で確認できる最初の記録は安土桃山時代、三英傑の一人である織田信長が安土城を築城した二年後、西暦一五七八年のものだ。

 室町幕府と戦国時代の終焉が近づき、新たな時代へと移り変わろうとしたある日、全国各地にて陽の光も届かず黒く染まり深い闇に包まれた大地──黒蝕地ガルガンタ──が誕生した。そこに踏み入った生物はまたたく間に汚染され、同種に対する強烈な食欲を伴う殺意、致死レベルの傷を負っても数分あれば元に戻る強靭な生命力、などの生態へと変貌。

 そのようになった生物を「知性が朽ちて屍と同然となった獣」、屍獣ネメシスや不浄の民と呼称され、当時の日本を混乱のどん底へと叩き落とした。

 まさに絶望そのものと言える状況だが、それを一変させたのが安倍晴明あべのせいめいを祖とし当代最強と謳われし大陰陽師、土御門天夜つちみかどてんやとその大陰陽師率いる呪術者集団だった。

 当初、その力は屍獣ネメシス以外の汎用性はんようせいが乏しく先天的な才能が莫大に占めていると考えられ、共有・普及可能な技術体系化は不可能と思われていた。

 しかしそれは日本が近代化に達し、高度な科学を得て変わっていく。

 屍獣ネメシスを浄化する「霊気ルン」を含んだ鉱石が発見され、加工技術が確立していく過程で少しずつ「呪法」を科学と融合することによって再現が可能となった。

 それにより呪法科学によって生み出された物らの一部は軍事転用され、内戦や国家対立などで驚異的な戦果を挙げるものの、汚染濃度が凝縮した黒蝕地ガルガンタを完全に取り除くまでは成し遂げられず、それどころか人類史における最悪の事態たる第一次世界大戦すらも霞ませる規模の甚大な被害を受けたことで、ようやく当時の先進国──日本・英国・米国・ソ連・独国──を中心に呪法科学と魔法科学の統一呼称「神秘科学クリエイション」及び、屍獣ネメシス黒蝕地ガルガンタの対処を目的とした「国際執行官機関」を世界連盟──のちの世界連合──の加盟国代表会議にて初の全会一致という形で可決。

 設立は東西戦争もしくは、独ソ東亜戦乱と呼ばれる第二次世界大戦後、神秘科学クリエイションを主軸とする日英を筆頭とした帝国同盟と、最新科学を主軸とする米仏を筆頭にした自由革命の二大陣営による第三国を代理戦争の場とした対立が終結──日英両帝国が提示した広島講和条約を米国が署名──した一九七三年の翌年、同日の九月一〇日に行われた。

 今では最新科学の筆頭にして、大量破壊兵器の頂点に位置する核兵器と並び立つ神秘科学クリエイションの知識や技術は、神秘オカルト否定論者が多数占めていた米国でさえ国家の総力を尽くして研究開発に取り組んでいる。

 二十一世紀──二〇一六年の現在、未だ浄化できない高濃度の黒蝕地ガルガンタを残した状態で世界各国は、神秘科学クリエイションを扱える唯一の職業、執行官エクスキューターの育成に高性能な半導体並の予算と時間、そして人材交流を積極的に推進していた。

 そしてそんな神秘科学クリエイションに関して世界一位とも称される日本では、神奈川県南西部に「特定国立教育関連法人団体 日本執行官管理機構次世代環境未来都市」、通称・神奈川特区と呼ばれる東京都の三分の一の面積を占め外部との隔離された巨大都市を作り上げ、その海岸沿いに日本で十校もない執行官エクスキューターの育成機関がある。

 その名は関東支部直轄、国立特殊訓練第一高等学院。

 毎年、国際執行官機関の極東本部に定められた国家保安庁──国交省外局の海上保安庁と統合後、内閣官房監督下における特別の機関へと移設──に最も多く卒業生を送り込んでいる星紋術アルテリスの専任教育施設として知られている。

 それすなわち、有事の際に戦力運用できうる優秀な執行官エクスキューターを最も多く輩出しているエリート校ということでもある。

 神秘科学クリエイションに基づいた星紋術アルテリスの指導に、教育上の安全性などという概念は存在しない。

 この執行官エクスキューターという職業を目指すということは、死を恐れない強い決意が必要だ。

 ゆえに優れた者と劣った者の間に存在する歴然とした実力の差はそう簡単には埋められない。むしろ一般的な高等教育より絶対的。

 明確な才能評価体制。

 徹底した血統崇拝。

 残酷なまでの実力主義。

 それが、かつて呪法と呼ばれた星紋術アルテリスを会得し使う執行官エクスキューターの世界。

 この学校に在籍を許されたということ自体、自身の霊気ルンを目覚めさせたエリートであるが、同時に揺るぎない学内基準ランクによって評定された優等生と劣等生が存在する。

 同じ日に入学した名家出身の兄妹であっても、平等ではない。

 むしろ、名家の出であるからこそ学院の学内基準ランクで比べられてしまうのだ。







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