第14話 最終決戦の幕開け

冷たい霧があたりを覆い尽くし、赤黒い光が漂う異様な空間の中で、弥助と稲葉は対峙していた。目の前には、圧倒的な力を持つ異形の存在が、まるでこの世を支配しようとするかのように立ちはだかっている。


「蠍爺、お前はなぜここまでして戦う?」


異形の声が冷たく響いた。その問いには、単なる挑発ではなく、何か別の意図が感じられた。


弥助はその問いに一瞬、沈黙した。彼はこれまで数え切れないほどの戦いを経験してきた。強敵を次々に倒しながらも、その背後には常に孤独と、己自身との戦いがあった。しかし、今この瞬間、彼はその答えを自分の中で見出していた。


「俺が戦うのは、ただ生きるためだ。守るものがあるわけでもない。ただ、この地をお前のような奴に支配されるのを黙って見ているつもりはない。」


その言葉は、単なる老人の戯言ではなかった。長い年月を生き抜き、無数の戦いをくぐり抜けてきた男の覚悟が込められていた。


「フン…愚かな人間どもはいつも同じだ。力の前に膝を屈し、滅びゆく運命に抗うことすらできない。」


異形の存在は冷たく嘲笑った。彼の言葉には、人間そのものを見下すような不遜さが漂っていた。


「だが、俺はお前に屈しない。」


弥助は冷静に毒針を握りしめ、さらに前に一歩進んだ。その姿は決して揺るぐことなく、まるで不動の岩のようだった。


「稲葉、準備はいいか?」


弥助の言葉に、稲葉は一瞬戸惑ったが、すぐに力強く頷いた。これまでの戦いで、稲葉は幾度も弥助に救われ、彼の強さを目の当たりにしてきた。今、この最終決戦の時、彼もまた覚悟を決めていた。


「先生、俺も一緒に戦います!」


その声には、もう迷いはなかった。稲葉は刀を握りしめ、弥助の隣に立つ。二人は、まさに師弟としてこの巨大な闇に立ち向かう。


「行くぞ。」


弥助は短く言い放ち、その瞬間、二人は一気に異形の存在へと突撃した。


異形の存在は、まるで待っていたかのように霧をさらに濃くし、二人を包み込もうとする。赤黒い霧はまるで毒のように空気を侵食し、二人に襲いかかる。


「先生、これでは近づけません!」


稲葉が焦りの声を上げたが、弥助はその言葉に動じなかった。


「この霧が奴の力だ。だが、霧にばかり気を取られるな。俺たちの目指すべきは奴の核心だ。」


弥助は霧を掻き分けるようにして前に進みながら、冷静に敵の動きを見極めていた。敵の力の源、それを突かなければ、この戦いに勝ち目はない。


「霧の奥に、本体がある。」


弥助は瞬時に敵の弱点を見抜き、毒針を準備した。彼はこれまでの戦いで、霧そのものを攻撃するのではなく、霧の中に隠れている真の姿を狙うことが必要だと理解していた。


「ここだ…!」


弥助は素早く動き、霧の中に浮かび上がる微かな影に向かって毒針を放った。その針はまっすぐに飛び、異形の核心部分に突き刺さった。


「ぐっ…!」


異形の存在が苦痛の声を上げた。その瞬間、霧がわずかに揺らぎ、敵の本体が一瞬だけ姿を現した。それは、人間の形をしているが、すでにその肉体は完全に異常な力に支配されていた。


「先生、今がチャンスです!」


稲葉が叫び、弥助の攻撃に続いて一気に間合いを詰め、刀を振り下ろした。刀は異形の体を深く斬り裂き、その力を削ぎ取ろうとした。


「愚かな…」


異形の声が再び響き、霧が一瞬で濃くなった。だが、弥助はすぐにその変化を察知し、稲葉に叫んだ。


「離れろ、稲葉!」


弥助の声に、稲葉はとっさに後退した。その瞬間、霧が激しく渦を巻き、異形の姿が消え去るかのように消失した。


「逃げたのか…?」


稲葉が警戒を強めながら辺りを見渡すが、霧はすぐには晴れない。空気は依然として重く、闇の力がまだ周囲に残っている。


「いや、まだ終わっていない。」


弥助は冷静に答えた。彼の直感は、この戦いがまだ決着していないことを告げていた。


「次の一撃で決めるぞ、稲葉。」


弥助は最後の毒針を握りしめ、稲葉と共に再び敵の姿を探し始めた。最終決戦の幕が、今まさに閉じようとしている。


次回、弥助と稲葉は最終局面に突入し、闇の力との決着がついに訪れる。

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