極悪を狩る蠍爺

白鷺(楓賢)

プロローグ

深い霧が山の奥を覆っていた。人々が近づくことのない静寂の中、一軒の古びた家が佇んでいる。その住人、弥助は今日も変わらず農作業に勤しんでいた。彼の手は確かで、無駄がなく、土を耕す動作ですら熟練の技のようだった。しかし、その姿とは裏腹に、彼の背中には長年の闘いの傷跡が刻まれている。


「先生、まだ健在か?」


防衛軍の隊長、稲葉が軽く手を振りながら家の前に現れた。弥助は振り返らず、ただ手元の仕事を続ける。


「何の用だ、稲葉。」


弥助の低い声が静かに響く。その声に緊張を覚える稲葉は、ふと口を閉じ、一瞬の間を置いてから言葉を発した。


「ザウドが動き出した。」


その名が発せられた瞬間、弥助の動作が止まった。ザウド――数々の悪行を犯し、今や不死身の怪物と化した極悪人。その存在はすでに伝説となっていた。


「防衛軍だけでは、もう手に負えない。先生の力が必要だ。」


稲葉の言葉は静かだが、その奥にある焦燥が伝わってくる。しばらくの沈黙の後、弥助はゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。その眼には深い決意が宿っている。


「毒針がまだ効くなら、俺が動くしかないか。」


弥助は一歩を踏み出した。静かな山の奥で、戦いの幕が再び上がろうとしていた。

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