第29話 選択

 2日目。

 シンカはクマの店に寄って、何かをラッピングしてきた。

 なんとなく想像はつくが……素直に受け取ってくれるといいな。



◇◇◇

 スズの家の前に着くと、入り口にライオンのぬいぐるみが座っていた。


「もしかして、テオか?」


「……」


 え、無言?

 ただのぬいぐるみ?

 だとしたら、俺すっげぇ恥ずかしいんだけど。


 俺は取り繕うように、ドアをノックしようと腕を上げた。


 その途端、ヒュッと風を切るような音がして、反射的に腕を引っ込める。


バシッ


 ドアに激しい音が響いた。


 あぶねぇあぶねぇ。

 誰の仕業かと見ると、ライオンのぬいぐるみがムチを持って立っていた。

 ライオンがムチ持ってるの、すげぇ違和感だな。


「やっぱお前テオだろ」


 ただのぬいぐるみに話しかけたわけじゃなくて内心ほっとした。


「あらー、ムチ持てるなんてすごいわね。可愛い」


 と言ってシンカはムチに構わずテオを抱き上げる。


「おい! 女!! 軽々しく抱き締めるな!!」


 想像より渋い声。

 意外とダンディな感じ。


「何騒いでるの?」


 中からスズ――いや、この格好の場合はリンか? が出てきた。


「テオ、何やってるの?」


「いや、オレは外敵を駆除しようと……」


「その人達は約束してたからいーの」


 そう言って、リンは思ったよりすんなりと俺達を中に通してくれた。

 意外とシンカのことを気に入ってるのかもしれない。


 中に入ると、俺は思わず足を止めた。

 崩れた壁に、ボロボロの家具、そして瓦礫の山。

 外の様子から多少の覚悟はしていたが、それでもここで生活しているとは信じがたいものがあった。


 どこからか拾ってきたのか、ボロいテーブルと椅子が1組ある。

 スズは、その椅子に座った。

 俺達は適当に瓦礫の上に座る。


「今日もスズちゃんは会えないのかしら?」


 リンはコクンと頷いた。


「そう……これ、プレゼント」


 シンカは包み紙を渡した。

 リンは首を傾げて、それを受け取る。


ガサガサ


「!?」


 中を見て、リンの表情が固まる。

 やっぱりソレだったか。


「……いらない」


「何で? これはあなたと――スズちゃんとおばあさんとの大事な思い出の品でしょう?」


「――っ!!あんた、知ってたの!?知っててバカにしに来たのか!それともクマの差し金?

 帰れ!! もう2度と来るな!!!!」


 リンの大声と共に、小さなクマのぬいぐるみが地面に叩きつけられた。


「あら、これはあなたが裁縫が大好きだった証拠でしょ。 そんな乱暴に扱っちゃダメよ」


 そっと拾って、優しく埃を払う。


「うるさい! もう裁縫なんて大嫌いだ!! それさえ作らなきゃあんな惨めな思いしなくて済んだんだ!!」


「ふーん。 じゃあスズちゃんは、クマちゃんとアルピちゃんとテオちゃんに会えなくても良かったって言うのね?」


 ぐっと押し黙る。

 そんな様子に耐えきれなくなったのか、テオがスズの前に立った。


「おい、女。余計な事は言わずさっさと帰れ」


 スズはもう話す気はないようで、部屋の奥へと踵を返した。


「逃げるな!!!」


 シンカの大きな声が建物に響いた。

 女の子に大声を出すと思っていなかったので、俺もびっくりした。

 スズもビクッとして背を向けたまま立ち止まった。


「テオ、あなたがスズちゃんを甘やかすから、いつまでたっても立ち直れないのよ」


 矛先がテオに向かう。


「な……オレはスズを守る為に作られたんだ。スズを悩ます外敵から守って何が悪い!」


「それがダメなのよ。逃げずにぶつかった方がもっとスズちゃんの為になることもあるの」


「逃げるな? ……っは。あんたにあたしの何がわかるってのよ」


 それまで黙って足を止めていたスズが口を開いた。

 振り向いたスズの目は15、6歳のものとは思えないほど荒んでいた。


 だいぶスレてるな。

 今日はシンカに任せるつもりだけど大丈夫か?


「わからないわね。 でも、同じ裁縫好きの身としては、そう簡単に裁縫が嫌いになれるとは思えないのよ」


「もう嫌いなんだよ!ぬいぐるみなんて見たくもない!」


 そう怒鳴ってから、ハッとしてテオを見る。

 表情は変わらないはずなのに、何故だか少し悲しんでいるように見えた。


「じゃあ、テオちゃん貰っていいかしら?」


「ダ……ダメ……テオは、特別なの……」


 スズが駆け寄りテオをギュッと抱き締めた。


「心配しなくていい。オレはどこにも行かない」


 テオは、スズを抱きしめ返す。背中をさするその様子は、まるで小さな子を慰める父親のようだ。


「おい、いい加減出て行かないと、容赦しないぞ」


「へぇ。どう容赦しないのかしら。ぬいぐるみに何ができるの?」


 シンカがあおるように言う。

 テオは「なめるなよ」と、ビシッとムチを振った。

 足元のコンクリートが砕ける。


 やべぇ。

 あれに当たったら骨折れそうだぞ。


「女に手をあげる趣味は無い。

 痛い目にあいたくなければ去れ!」


「あら紳士ね。じゃあこういうのはどうかしら。

 テオちゃんとコウが勝負するの。勝負はそうね……やっぱりここは男らしくタイマンかしら。そっちが勝ったら2度と会いに来ない。こっちが勝ったら、クマちゃんと一緒に私に裁縫を教えてもらう。

 どう?」


 そういう選択?

 もうちょっと何かあったんじゃねーの?

 いつの間にか俺が勝負することになってるし。

 いや、スズが裁縫勝負なんて受けないだろうし、腕に自信がありそうなテオをあおれば勝負には乗ってきそうだし、順当っちゃ順当か。


「あたしに教える技術なんてないわよ。クマだけで十分でしょ」


「私はあなたがどんな想いを込めてひと針ひと針縫っているのかを知りたいの。

スズちゃんじゃなきゃ意味がないのよ」


「……」


 下を向いた目が揺らいだ。

 自分が求められることに動揺しているようだ。


「スズ、オレは受けるぞ。絶対に勝つ。そして、二度とこいつらをスズに会わせない」


 へぇ、よっぽど腕に自信があるようだ。

 確かにあのムチの威力は脅威だよな。


「……わかった。その代わり、明後日にして」


 それは願ったり叶ったり。

 俺も色々準備したい。

 俺はシンカの方を見て頷く。


「それでいいわ」


 そして、明後日の13時に約束をして、俺たちは家を後にした。

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