第27話 少女の話

 それから、クマの昔話を聞くことになった。



 昔、優しい両親の元で幸せに暮らす裁縫好きの少女がいた。

 しかし、少女が8歳の時、両親が不慮の事故で死んでしまう。


 後に入った施設にも馴染めず、心を癒してくれるのは裁縫のみであった。

 施設を早く出たかった少女は、10歳の時にそこから飛び出した。


 あてもなく彷徨っているときに老夫婦と出会い、好意で屋根裏部屋に住まわせてもらうことになった。


 老夫婦は1階で小さな手芸店のお店を開いており、少女に余った布を分けてくれた。

 その布で少女は裁縫を続けた。

 おばあさんに習って初めて作ったぬいぐるみが、あの不器用な小さなクマのぬいぐるみである。


 それから程なくして、老夫婦が他界。

 再び一人ぼっちになった少女は、友達が欲しくて大きなクマを作った。


 すると、驚く事にぬいぐるみが魂を宿したかのように、動き、喋り出したのだ。


 生きたぬいぐるみの噂はたちまち広がり、雑誌にも取り上げられた。

 噂を聞きつけた市長自ら、マスコットの作成を依頼しに店に訪れた。


 そしてできたのがウサギのぬいぐるみ、アルピ。

 アルピの活躍で更にお店は賑わいを見せる。

 商品を増やす為、クマも裁縫を手伝うことになった。


 しかし、これがいけなかった。


『ぬいぐるみが裁縫をする』


 これにより、少女よりクマが主役になってしまった。


 しかも、少女よりも仕上がり良く、センスも良いとなると、売れるのはクマが作った物だけ。


 少女は次第に劣等感や嫉妬を抱くようになっていった。

 そんな苛立ちをぶつけるように作ったのが、3体目のライオンのぬいぐるみ、テオ。


 街の人も自分用の生きたぬいぐるみが欲しくて、その時現象の原因と思われていた金の糸を誰もが求めた。


 しかし、その3体以外動く気配は無く、それも失速。


 少女はインチキマジシャン呼ばわり。

 店に落書きされたり、商品にいやがらせをされたり、その生活は散々なものになっていく。

 とうとう少女はテオだけ連れて家を出て行ってしまった。


 生きたぬいぐるみのブームは過ぎ去り、お店も閑散としだす。


 残されたクマは、少女の帰りを待ち続けているうちに、糸が切れ、布が破れ、それを自分で修復しながらなんとか店を守っていた。


 しかし、それにも限界を感じ、少女の作品を全て売り切ったら店を閉めるつもりで今に至る。



◇◇◇

「なるほどね。経緯はわかったわ」


「なんつーか……どっちも悪くないのにな」


 自分が作ったぬいぐるみが、自分より器用でそっちばっかりスポット当てられたらショックだよな。


「そういう訳ですので、協力できないかと」


「その子の住所教えて。あと写真とかない?」


「え、会うんですか?」


「とりあえず様子を見てくるよ」


 会わなきゃ始まらないからな。

 クマの教えてくれた引き出しを開けると、老夫婦と3人で写る少女の写真があった。


 長い金髪に垂れ目で、大人しそうな女の子だ。

 その姿を目に焼き付けて家を出る。


 住所は、この街のことを一番把握しているアルピに聞いて知っていたらしい。

 1度行ったが、テオに門前払いされて会えなかったそうだ。


 教えてもらった場所は舗装も整っていない荒地のようであった。ボロボロの身なりで路地に座っている人がそこかしこにいる。それも、子どもから老人まで様々だ。


 建物も整備された様子は無く、廃墟に勝手に住んでいるようだ。

 その廃墟の一角に例の少女、スズは住んでいるらしい。


 何か出そう。


 俺は薄暗い廃墟を見上げて、眉を寄せる。

 いや、そんなこと気にしてる場合じゃないな。

  俺は覚悟を決めてドアをノックしようと腕を上げた。


ドンドンドン


「ごめんくださーい!スズちゃんいるー?」


 覚悟を決めた俺より先に、シンカがドアを叩く。

 何だその友達の家に遊びに来たかのような気楽さ。


 俺の勇気返せ。


ガチャ


 ドアの隙間から、ショッキングピンクのつり目の少女が顔を覗かせた。


 同居してる子か?

 とりあえず生身の人間っぽくてよかった。


「スズって子いる?」


 尋ねる俺を不審者のようにじと目で見てくる。


「いない。あんた誰?」


「俺達は――」と言いかけたところで、シンカにドンッと突き飛ばされた。


 痛えな、おい。


「私ね、スズちゃんのお店で、スズちゃんの作品が気に入ったの。それで、ぜひスズちゃんに会ってみたいなって思って」


 ニコッと笑う。


 さすが年下女子から人気のシンカ姉さん。

 俺だったら速攻クマの名前出してた。


 少女は少し照れた様子で「あっそ」と呟いた。


 あれ? 何でこの子が照れる?

 顔をマジマジと見つめるが、髪も目つきも違うよな。

 気のせいか?


バンッ


「ぶっ」


 顔面を叩かれた。


「女子の顔をマジマジと見ない!」


「ってーな」


「ごめんねー。デリカシー無くて。

 それで、スズちゃんとお話したいんだけど、いつなら会えるかな?」


「無理。帰って」


「もー! あんたのせいで断られちゃったじゃない」


「え、俺のせい?」


「そうじゃなくて……スズは今誰にも会いたくないから」


「そっか……じゃあ、あなたは?あなたとお話したいんだけど」


「え、あたし?」


「そう。あなた。お名前は?」


「えっと……リン」


「リンちゃんね。私はシンカで、このでくの坊はコウ。よろしくね」


「でく……っておい、俺の扱い酷くねぇか?」


 シンカと俺の会話で、リンが少し笑った気がした。

 それにしても、シンカはリンから落としていくつもりか?

 期限、間に合うかな。


「じゃあ明日ね」


 と言って、シンカはリンの頭をくしゃくしゃと撫でて別れた。

 明日はスズの方にも会えるといいんだがな。

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