第22話 ベビーシッター(3)

 ご飯がひと段落したところで、ハルネが泣き出した。


「なんだ?! ミルク……にはまだ30分早いよな。オムツか?どっか痛いとか――」


「いちいち慌てないでよ。オムツ確認して」


 シンカはハルネのご飯で汚れた服を洗いながら呆れた声で言う。

 言い方に腹が立つが、今はこいつだけが頼りなので黙って従うしかない。

 足をばたつかせて泣きじゃくるハルネに悪戦苦闘しながらもオムツを確認する。


「綺麗にしてる……と、思う」


「じゃあミルクかもね。とりあえず抱っこしてみて」


 恐る恐る抱っこしてみる。しかし、泣き止む気配はない。


「あんたの抱っこじゃ、抱っこかミルクかわかんないわね」


 貸して、とハルネを抱っこする。

 一旦泣き止むも、また泣き出した。


「あーミルクかもね。準備して」


「まだ時間じゃないけどいいのか?」


「30分くらい許容範囲よ。あんただって毎日おんなじ時間にお腹空くわけじゃないでしょうが」


 確かに。


 俺は指示されるがまま、ミルクの粉を入れて、お湯を足し、水道水で瓶ごと冷やす。一つの動作ごとにシンカが注意してくるし、ハルネも泣いて急かしてくるしで、俺はミルクを入れるだけでもうへとへとだ。


 シンカが慣れた手つきで抱っこしてミルクをやると、やっと落ち着いたようだ。

 「背中さすって、ゲップさせといて」と、あごを肩に乗っけられる。

 小さなあごがくすぐったい。


 シンカは、ガタゴトと何やら台所で作業をしだした。


「何してんだ?」


「先にお湯を冷やしておくのよ。粉ミルクは最初に熱いので溶かして、

残りのお湯は前持って冷ましておけば早いでしょ。今みたいに時間かかると可哀想だから」


「遅くて悪かったな」


 でも、なるほど。

 頭いいな。


「げぇっぷ」


 大きなゲップいただきました。

 ついでにミルクも。

 シンカに言われて肩にタオル敷いててよかった。


 にしても、おっさんみたいなゲップだな。


 俺は思わず笑いが出る。

 縦抱きから横抱きにすると、


「ぎゃあーんぎゃー」


「え、 なんで!?」


 それに釣られたのか、いい子に遊んでいたユキネも泣き出す。


 何この大号泣の嵐。

 俺も泣きたい。


「ちょっと! しっかり抱っこして!こんな感じで、お尻ポンポンして」


 もろもろの片付けが終わったシンカが、ユキネを抱っこして、手本を見せてくれる。


 俺は慌てて抱っこし直して、リズムをとりながらポンポンする。

 次第に泣き声が落ち着いてきた。

 ホッ。


 10分ほどして、そーっとベッドに下ろそうとすると、目がパチっと開いた。


「げ、これってまたやり直し?」


 抱っこ、下ろす、泣くを30分くらい繰り返してようやくベッドで寝てくれる。

 何これ、背中にスイッチでもついてんの?


 俺はもうクタクタ。

 そういやシンカは?


 そっと隣の部屋を見ると、小声で子守唄を歌いながら抱っこで揺れる姿があった。

 ユキネも寝たようだ。


「お前すげぇな。女ってみんなそんなすぐ赤ちゃんの世話できんの?」


 ちびっ子2人がしっかりと寝たのを確認してから、俺達は居間で休憩していた。


「そんなわけないでしょ。私の場合、いとこや甥っ子、姪っ子、近所の子とか結構小さい子のお世話してきたからね。あんたも、これが好きな人との子って思えばやる気がわいてくるんじゃない?」


 好きな人との子か……。


 先ほど抱っこしていたシンカの姿を長に置き換えてみる。


  ……いいな。


 なるほど。

 俄然やる気が出てくる。


「目がやらしー」


 シンカの辛辣な一言で、幸せな妄想が壊された。


「うっせ」


「誰を思ったのかしらねー」


「だからうるせーって」


 女はこういう話にすぐ食いつくから嫌だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る