超絶絶対機密文書
nike
第1話:超絶絶対機密文書
凄まじい光の洪水と、この世の終わりのような爆音とともに、お部屋のクローゼットから男がぶっ飛んできた。
その日私が何をしていたか、ほとんど覚えていない。ただ一つ確かなのは、彼が流れ星みたいなスピードでクローゼットから発射されてきた時、私がノイズキャンセリングつきのイヤホンで、ノリノリのK-POPを聴いていたことだけだ。
このささやかな日常のルーティーンのおかげで私の鼓膜は守られたが、一階でNetflixをみて爆笑していたお母さんは泡を吹いて昏倒、ご近所の皆さんも失神したりタンスに小指をぶつけたり赤ちゃんが泣いたり大変だったらしい。もちろん、当時の私は知るよしもなかった。
グラグラする頭をなんとか持ち上げ、チカチカする目で見渡せば、そこには無惨に瓦礫まみれとかした私の部屋があった。壁にはガタイのいい見知らぬ男が、バトルマンガみたいにめり込んでいる。
人間びっくりしすぎると何も考えられなくなるらしく、私は放心したまま、びっくりロケットマンを観察した。
ピッチピチの全身タイツのような黒ずくめの服を着ている。表面に電子的な無数の青いラインが瞬くそのタイツをよく見ると、ところどころ皮膚が露出し、ひどく傷ついているようだった。壁にめり込んでいるから無理もないとはいえ、激しい戦いを切り抜けてきたかのように見える。
そんな印象を抱いたあたりで、がっくりとうなだれていた男は唐突に顔をあげた。どうやら意識を失っていたらしい。交通事故を一人で起こしたような衝撃を受けたのだから当然だ。
壁から身体を引き抜きながら、まだ虚ろな目で周囲を見渡す彼は、意外にもイケメンだった。イなんちゃらとかキムなんとかみたいな名前で、アイドル活動をしていますと言われても違和感のない甘いマスク。
そんなキムタイツは、生まれたての子鹿のように立ち上がると、目を見開き、手を伸ばして、突如床にへたり込む私に飛びかかった。
全身タイツの、体が引き締まった、見知らぬ男が、花も恥じらう女子高生である私に飛びかかってきた。
脊髄から稲妻が走るように瞬間的に力がみなぎった手で、いつの間にか膝の上に乗っかっていた紙の束をつかんだ私は、悲鳴をあげながら身をよじり、男の腕をぶっ叩いた。
「いやーっ!」
「ウワーッ!」
体勢を崩して顔面で床に突っ伏した男の後頭部に、渾身の力で紙束を振り下ろし続ける。
「おかっ、おかあさん!おかぁさああぁんっ!」
「痛っ……痛い!や、やめろ!」
号泣しながら呼び続けるが、一向に助けは来ない。お母さんはテレビの前で編みかけのセーターを抱きしめて失神していたが、当時の私は知るよしもなかった。
土下座男はしばらく亀のように手で頭を抱えて耐えていたが、とうとう私の猛攻をかいくぐって逃れると、私の手首をがっしりと掴んだ。
「いやーっ!殺さっ!殺さないでぇ!」
「殺さない!信じてくれ!」
「信じられるかクソタイツ!離せよバカ!バカバカ!ハゲ!変態!」
「タイツじゃない!これは超次元耐時空圧スー……」
言葉の途中でクソバカハゲタイツ(ハゲてないけど)は突然咳き込み、血を吐きながら崩れ落ちた。うろたえる私をすがるように見上げながら、それでも弱々しく掴んだ手を離さない。
ここでいきなりですが自分語りをします。
私は、自分で言うのもなんですが結構かわいく、明るくて、勉学に秀で武道も嗜み、話し方はなんだか変わっていると言われながらも、友達がたくさんいる超一軍の美少女です。
しかし、異性と相対する時は話が別で、緊張しすぎてゴキブリを見るような目をしながら、ゴリゴリの岩塩のような塩対応しかできなくなるのです。
そんなこんなで見事高嶺の花となってしまった私は、恋人どころかおとうさん以外の異性と手を繋いだのも保育園が最後、いつしか異国のアイドルに画面越しにドキドキするばかりになっていました。
そんな私の手を、今にも離してしまいそうな力で、でも懸命に、塩顔のイケメンが握りしめています。正直、倒れそう。
いや本当に、近くで見ると見れば見るほどかっこいい。肌のキメがエッグいし、苦しそうな表情もいい。やばい、心臓爆発しそう。この状況にドキドキしてるのか、イケメンにドキドキしてるのかもうわかんない。
「あの……だ……大丈夫です、か」
恐る恐る尋ねた私を見つめて、超次元なんとかの人は、消えそうな声で応えた。
「ちょ……」
「ちょ?」
「ちょうぜつぜったい……きみつ……ぶんしょ……」
「なんて?」
チョウゼツゼッタイキミツブンショ?必殺技?男は片方の手を離し、私の持っていた紙の束を力なく叩いた。よく見ると、それは見覚えのない書類の束だった。
紙のように見えるのに、ひどく頑丈な素材のようで、あんなにバカスカ殴るのに使ったのに、シワひとつついていない。私が見下ろしているのは表紙のようだ。奇妙にゆらぐ無骨なゴシック体で、そこにはこう書いてあった。
『超絶絶対機密文書』
「エヴァかよ」
「エヴァ……?それはSILVAの『生命補填計画』に……絶対必要不可欠なんだ……」
「エヴァかよ!急に知らん専門用語で話し出さないでよ!」
「とにかく今は……時間がない!聞いてくれ」
私の言葉を遮るように、男は再び私の腕を掴んだ。彼の手は生温い液体で濡れていて、私はその必死さに口を塞がれる。
「超絶絶対機密文書を、絶対誰にも読まれるな。絶対誰にも取られるな。絶対誰にも見つかるな!」
「なに!?なんで!?生命補填計画ってなんなの!?あなた誰なの!?」
「それは……」
男は私の視線から目をそらし、痛みに耐えるように瞳を閉じた。血に濡れた手を握っては開き、ゆっくりと天井を見上げる。まるで、そこからは見えることのない空を見ようとするかのように。
そして、誰かに語りかけるように、小さく唇を震わせた。
思わず殴ってしまった。
「いやはやく言えや!」
「ぃいってぇーっ!」
「あっごめんつい……いやでも早く言えや!なんなの今の間!?硬めのカップラーメンできるわ!」
「クソが……ドブス野蛮人がよ……」
「はぁーっ!?上等だコラ警察突き出してやる変態おもてでろやぁーっ!」
首を掴んでガクガクしてやろうとした時、いきなり胸を突き飛ばされる。悪態をつく前に目の前の光景を見て、全身の温度が下がっていくのを感じた。私の身体がさっきまであったところに、鋭利な物体が突き刺さっている。
鉄でできたバカでかいストローを、小学生が考えなしにくっつけて作ったようなそれが、ずるずると床から引き抜かれ、拳ほどの穴を晒した。なんの音もなく突き刺され、穴の周囲にヒビすら入っていない。一体どんな速度で突き刺されたのか?大きく身体が震え、その拍子に文書が膝からバサリと落ちた。
鉄の構造体は、開きっぱなしのクローゼットから突き出していた。中にあったはずのお気に入りの服たちは吹き飛び、かわりに明滅する鏡のような空間が見えた。
直感がした。何かが、来る。
「濁トに見つかった!時間がない!行け!」
「さっきの間がなかったら、時間、あったでしょ……!」
なんとか動かせるのは口先だけで、恐怖で逃げることすらできない。思考だけがすごい速さで、頭の中を駆け巡る。
どうしてこんな目にあうの?ここで死ぬの?やだ。いやだ。週末アキと映画見にいくのに。韓国行ってみたかったのに。イケメンの彼氏ほしかったのに。おかあさんと編みぐるみ作ってるのに。おとうさんと喧嘩してるのに。
死にたくない……死にたくない!
「大丈夫だ」
恐ろしく静かな、氷のように冷たい声で、頭から冷水をかけられたみたいに現実に引き戻される。文書男は私に踵を返し、クローゼットを向いていた。今まで気づかなかったその背中は、スーツのほとんどが剥がれ落ち、いたるところから血を流している。絶対に大丈夫じゃなかった。
「大丈夫だ。俺が、守るから」
その言葉は、私に向かって言われたんじゃない気がした。それは、命をかけた、誰かへ向けた誓いの言葉のようだった。
何かが高速で回転するような甲高い音を立てて、男の身体が体積を増したスーツに覆われていく。SF映画の未来の兵士のようにボロボロの装備をまとった彼は、輝きを増していくクローゼットの異次元扉を向いたまま叫んだ。
「行け野蛮人女!超絶絶対機密文書を……絶対誰にも読まれるな!」
「……それしか、言えない、のかよぉ!」
太陽が落っこちてきたのかと思うような眩しい光を背に感じながら、弾かれたように私は走り始めた。両腕で抱えたなんとか文書は、得体の知れない重圧で、鉛のように重かった。
こうしてあの日、私と、世界と、あいつの運命は、ペンキをぶっかけたみたいに一変した。失ったものも多いけど、今は助けてくれる仲間もできた。
いろんなことが少しずつわかりはじめた今、誰かのために書き残しておく。私の後に続く誰かのために。
この文書は、生きている。少しずつページが増えている。
ルールも規則性もタイミングもわからないけど、それはいつも突然やってくる。内容だってよくわからないし、そもそも日本語じゃないけど、何故か私にはこれが読めて、しかもとても重要なことだってわかった。
……え?読んだよ?今も読んでるし。だって読ませちゃダメな本なんて気になるに決まってるじゃん。それに、言われたことは守ってるよ。
超絶絶対機密文書を、『絶対誰にも読ませるな』。
自分で読んじゃダメって言われてないし。だからこれを書いてるのがバレたら、あいつにはブチ切れられるかもね。そしたら、うるせー変態おもてでろやってキレ返してやるんだ。
だから、その日までお願いね。私が失敗した時は、これをあなたに託すから。
超絶絶対機密文書を、絶対誰にも、読ませちゃダメだよ。
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