第31話 RPG村

 アミーこともう 惟秀これひでが山越えのぎょうを始めてから、まだ1日もっていないのであるが、アミーは山に入ってからもう何日も過ぎたように感じていた。


 今日は3月の半ばを過ぎた土曜日で、春の気配というモノが山をおおい始めているという穏やかな雰囲気ふんいきであるのに、アミーの方は山に入ったばかりの頃からろくでもない目にしかあっていないのだ。


「アミー、高低差こうていさはあるが直線で8キロメートルしかないのだぞ。修験者しゅげんしゃのようなきびしい道行みちゆきですらないのだ。ちょっと行って帰ってきたらそれで終わりだ。もう帰りはタクシーで良いのだ」


 ヘロヘロで歩を進める狩衣かりぎぬ姿のアミーに対して、イクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくはかなりゆるめの内容に変えてくれたのだが、アミーとしては今日中に山を抜ける自信もかなかった。


「イクちゃん、やっぱり……何か……準備のためにね……運動とか……した方が……良かったんじゃぁ、ないかな……」


 アミーとしては、己の身体がここまでなまっているとは自覚しておらず、近所の呑舞山どんまいさんですらこの状態であるというのを初めて味わっていた。

 丁度、女子大生である女鹿田めかだ清子せいこ嬢(21歳)のレオタード姿が目の前をチラつき始めたところだったのである。今日は彼女とスポーツクラブに行って、楽しく汗を流しているのが良かったのではないだろうかと思ったのだ。


「アミー、こういうのは出来るだけ早い方が良いのだ。

 それから、そろそろRPG村が近い。誤射ごしゃの可能性があるので、注意して進んだ方が良いだろうな。アソコは家出人いえでにんと小学生しかおらんのだが、野生生物や呈云ティウン呈云ティウンもおって意外と本格的なのだ」


「アダァァァァァ!!!」


 アミーの頭にブーメランが命中したのは、イクちゃんのその説明が終わった直後のことだ。

 当たった瞬間に理由の方が判明したのは良いのだが、アミーの方は誤射ごしゃで食らったブーメランの為にそのまま倒れた。


「うわぁ……そこの人、大丈夫ですか? ヘルメットしてないの? よく見たら知らない人だし、オジさんここは初めて? どうしようかしら、もう……」


 薄れ行く意識の中で、アミーがかろうじて見たのは、レザーパンツに革の胸当てをつけたチャパツの若い女の子だった。







「オジさん、気がついた? 私のことは分かる? タンコブしか出来てないけど、本当に大丈夫かな?」


「大丈夫だろうと思う。リノリノには世話になったのだ。ここでは食べ物の方が良いのであったな。レトルトの方が良いかな? 甘いのもあるぞ。この前は、哲人てつひとに頼んでミリメシを買ってきたのだ」


 アミーが目を覚ますと、そこはログハウスの中であるようだった。周りを見ても木の壁と木の天井と木の床だ。


 聞き取れた会話からすると、リノリノというのは先ほどの女の子であるらしい。10代の中ごろという感じにしか見えない。


 そして意外なことに、イクちゃんはここでは姿を隠していなかった。さらには、アミーの勤め先の社長をまだアゴで使っているらしかった。


「あ、ソレ助かります。イクちゃんってマンマイっちゃんよね? 沱稔だみのるさん(;TДT)だっているし、マンマイっちゃんだって当然いるよね!」


 リノリノという少女は、適応力が高いらしいとアミーには見えた。

 それと不思議なことに、この少女が『沱稔だみのるさん』と口にした時、アミーの脳裏には何故か(;TДT)という顔が浮かび上がった。


「あー、どうやら助けてくれたんだね。俺の名前はもう 惟秀これひでっていうんだ。説明がしにくいんだけど、山越えのぎょうの最中なんだよ……成り行きで呑舞どんまい神社の宮司ぐうじになることになったんだ」


 アミーは、起き上がって自己紹介することにした。30歳のいい歳の大人としてどうかと思ったが、若い女の子相手ならこれでいいかなという口調で話した。


「アミーさんでしょ? イクちゃんから聞いたの。私はリノリノ、ここだとそう呼ばれてる。ここは山の上にある開拓村なの。下の人たちはRPG村って呼んでるところよ」


 リノリノは明るい感じで、自己紹介のついでにそう説明してくれた。相変わらずレザーパンツとシャツに革の胸当てという姿で、腰にはゴツいボウイナイフまでぶら下がっていた。


 ここは日本の片田舎かたいなかの山の中ではなかったのか、というのがそれを見たアミーの最初の感想だった。





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