第30話 網の呪師

 初代の『あみ呪師ずし』であるもう 是鹿これしかが、いつの頃からそう呼ばれていたかは定かではない。

 彼は渡来人とらいじんではなく日本人であったし、どういう血筋の人物なのかもハッキリしないのだが、不思議な術を使うことには非常にけた人物ではあった。


 彼は農民の様な粗末そまつな身なりをして、顔や手足に泥をり、ほとんどの荷物も持たないままに呑舞どんまいの地にやって来た。


万魔まんま佞狗でいくよ。我々の一部の者は、貴方あなたおのれの野心のために利用しようとした。

 だが陰陽師はそういった者たちだけではないのだ。ほとんどの者は星を読み、行くすえを占って国家に仕えることをよしとしている。

 そういう者を見逃してくれるのなら、私もこの地の仕掛しかけを貴方あなたの為に作りえようと思うがいかがか?」


 もう 是鹿これしか命乞いのちごいに来たのであるが、同時に自分に出来ることはやります、という感じでイクちゃんと交渉しようとしたのである。


「何というか、あの男はアミーに似たところがあったのだ。割とどっち付かずでな。派閥はばつからは遠ざかっておったし、術をあやつる力はあっても日々の生活の方が大事という人物であったのだ」


 もう 是鹿これしかがアミーと似ていると言うより、アミーこともう 惟秀これひでが彼の面影おもかげを残していると言うべきだろう。アミーは彼の子孫なのだから。


 それはともかくとして、イクちゃんは是鹿これしかの提案を受け入れることにした。国内における陰陽道の技術も、このままでは消滅寸前という感じになっていた。


「私は是鹿これしかから、この国の当時の呪術について教えをい情報を得た。結界はこの地を守り、式神たちは野にかえってここの生き物になった。我々は出入りがより自由になった」

 

 もう 是鹿これしかは驚くべきことに、この地の大規模な結界をこれまた迷惑めいわくな方向に作り替えたらしい。

 数多あまたの病魔や悪神がここに来ないのは良いとしよう。

 かえった式神たちは、子供たちは護ったが大人には襲いかかるという存在になってしまった。アミーも、イノシシやカエルやワシに襲われたのであるが、それが始まったのはその時からだったのだ。

 イクちゃん達は、封印されたりをそのまま続け、中央政府の監視を完全にだまくらかした。


是鹿これしかの奴には、よく働いてくれたので色々と支払ってやったのだ。地元の郡司をやっておる豪族と繋ぎもつけた。金持ちになっておったから、そこから嫁ももらったのであろうな。

 ただ、あの男の方も営業力というのが、有るのか無いのか分からんところがあってな。あまり有名にはならなかったようなのだ。金には困っていなかったな」


 アミーの営業成績が微妙なところは、初代から連面れんめんと引き継がれてきたことであるらしい。


 もう 是鹿これしかはマニアでも知らない様な人物として、有名にもならずに静かにその人生を終えた。


 都が平安京へ移り、安倍晴明あべのはるあきらが生まれるより100年も前に起きた事件はこうして終わったのだ。


「とにかくそういうわけでな、アミーが宮司ぐうじに就任するにあたって、本家の許可が必要かどうか確認中なのだ。親戚しんせき親戚しんせき親戚しんせきでも、一族の者というあつかいになりそうなのだ」


 イクちゃんは、そう言って話をめくくった。


「そんなことがあったのか。俺としては迷惑この上ない話に聞こえるんだけど、イクちゃんも大変だったんだ……あの神社を盗んで来ないで買えばよかったんじゃないかな?」


「アミー、それについては後で気がついたのだ。関係者には相当ながくおくり物を出したからな。買うのと大差たいさ無いのだ。大工をやとって建ててもらえば良かったのだ。

 次からは普通の取り引きで行こうと思ってな、二代目のもう 惟茂これもには仲介を頼んだ」


 アミーからは珍しく突っ込みが飛んだが、イクちゃんの方も考え方を即座そくざに変えたようだった。

 二代目の網の呪師ずしであるもう 惟茂これもは、時代もかなり下って室町時代の人になるのだが。


 余談ではあるが、イクちゃんからあまそでしたをもらった豪族達は、戦国時代の後も命脈を保つ一大勢力へと発展した。


 これが良かったのか悪かったのかは、神のみぞ知るというところだろう。




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