第14話 解除方法無し

「これはいかんな。アミーよ、境内に入るのだ。呑舞凧どんまいだこにはこれだな」


 イクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくは、狩衣かりぎぬの袖から何かの生肉を取り出すと、それを空中にいる呑舞凧どんまいだこへ向かって投てきした。中々のコントロールだ。


「何で日曜日に鷲に襲われないといけないんだ。このパーカー高かったのに……」


 アミーこともう 惟秀これひで(30歳)は泣いた。神社の境内に逃げこんで、この地域でも最強ではないかという存在の庇護下に入ることは出来た。

 それは良いとしても、近所のショップで出会いというやつを感じた、お気に入りのパーカーが全損ぜんそんしたのだ。すだれの様になってしまったそれを見て、アミーは溜め息をつくしかなかった。


 呑舞凧どんまいだこの方は、イクちゃんの投げた生肉を持って山中の巣へ帰ったのだろう。姿が見えなくなっていた。


「泣くなアミーよ。代わりにこれをやるから着ておくのだ」


 イクちゃんがそう言って出してきたのは、アミーが着ている物と同じグレーのパーカーだった。


「ありがとう。それにしてもイクちゃん、よく持ってたね。1万円ぐらいしたのに」


 アミーは、他のショップでは見つからないソレをようやく探しあてたのである。意外と充実した日だったことを思い出していた。


「私が買った時は、紺色とグレーの2着セットで4千円だったぞ。どこでも売ってるだろう。たまには隣の市とか、よその県に行けば良いではないか。私は東京で買ったのだ」


 アミーはイクちゃんにそう言われてショックだったが、聞き捨てならないことを聞いた気がした。イクちゃんは、ここに封じられているのではなかっただろうか。


「ひょっとして、イクちゃんはどこでも行けるのかい?」


「どこでもは無理だな。ここを中心に半径2万キロメートルまでなのだ。知っていると思うが月とか遠いのだぞ。静止衛星軌道でも無理なのだ」


 アミーの聞いたところでは、イクちゃんの行動可能範囲はICBM並みに広かった。縛られているのは確かだろう。イクちゃんとしては、宇宙に出られないのは大きいらしい。

 イクちゃんの白い狩衣かりぎぬと白いキノコの様な帽子を見て、これで宇宙へ行くのだろうかと想像したアミーだが、今はそういうことに悩んでいる場合ではないことを思い出した。


「そうだ! イクちゃん、俺の呪いなんだけどさ、どうしよう。女鹿田めかださんの所にまた行くしかないよね?」


 こうなると30男も形無しである。アミーはまたも泣き崩れてしまった。


「待てアミー。私が清子せいこに電話で聞いてやるから、取りあえず落ち着くのだ」


 イクちゃんは、狩衣かりぎぬの袖から携帯電話を出しながら、そう言ってアミーを慰めた。この妖怪も意外と現代に順応しているようだ。

 頭胴長80センチと割と大きいのではあるが、コツメカワウソの様な顔にシワを寄せながら、イクちゃんはその携帯電話を操作し始めた。


清子せいこさんの電話番号とかいつ聞き出したんだよ。そっちのテクニックを伝授してほしいよ」


 アミーは、こういうところだけは正直だった。独身ものとしては、真っ直ぐな良い姿勢といったところだろう。


「これは移動型情報端末アクデスJー06といってな、私が作った。冬モデルだな。大抵の通信機器に割り込みが可能だ。無料で通話とWifiが使えるぞ。データ通信もだ」


 何ロムと言うべきか不明だが、イクちゃんの携帯電話は違法機能満載のようだ。

 アミーはそれで黙った。妖怪に対し、人の道理を説く虚しさに気がついたのかもしれない。


「清子か? 万魔まんま佞狗でいくだ。例のスコーンについて聞き忘れてな。アレはどうやって呪いを解除するのだ?」


 アミーが過去の陰陽師たちの仕事振りについて、大いに疑問を感じている横では、イクちゃんが清子せいこ嬢に電話をかけていた。昨日は2人とも、肝心なことを聞かずに帰ってきてしまったのだ。


「アミー、悪い知らせなのだ。あのスコーンの呪いを解除する方法は知らんそうだ。これは力技に頼らんといかんな……」


 イクちゃんは実に軽い調子で、前置き無しでアミーにそれを伝えた。解除する自信はまだありそうに見える。


 アミーはおのれの問題の解決が遠のいたことについて、女子大生に苦情を入れるわけにもいかない自分を呪った。



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