楓ちゃんの手作り弁当を食べました

 楓ちゃんが手に持っている包み、形的にどう見ても弁当。弁当だ。



「楓ちゃん、その弁当俺に作ってくれたの!?」


「そうだよ、私の分もちゃんとあるし」


楓ちゃんは自分の分の弁当も取り出したが、明らかに俺の弁当の方が大きくなっていた。



「その弁当、本当に俺が食べていいのか!?」


「当たり前じゃん。私が無理やりキミをここに連れてきたんだからさ、このくらい当然だって」



楓ちゃんが作ってくれた弁当は光り輝いて見えた。

雲母は弁当なんて一度も作ってくれなかった。女の子の手作り弁当を食べられるなんて生まれて初めての奇跡だ。しかも絶世の美少女だぞ。奇跡に奇跡を重ねた奇跡だ。


ああ、ついさっきまで超絶不幸だったけどその不幸がそこかへ吹き飛んだ。それくらい女の子の手作り弁当というのは俺にとって価値が高く尊いものであった。



「あ、ありがとう。ぜひいただくよ。で、どこで食べようか」


少なくともここは絶対にないな。俺が立ちションしてしまった場所のすぐ近くだし気分的にも衛生的にも絶対にない。


「私は別にここでもいいけど」


「よくねぇよ……」


俺が汚してしまったことに対して気を遣ってくれてるのかもしれないが、俺はともかく楓ちゃんがここで食事をするなど俺は耐えられない。


「わかった。じゃあ私いい場所知ってるからそこに行こっか」


楓ちゃんは俺の手を握って歩き出した。




 それで、楓ちゃんに連れてこられた場所は、この学校で一番高い校舎の屋上。

ベンチもあって木もたくさん植えられていて、景色もすごくいい。自然と空を組み合わせたって感じですごくいい。開放的な気分になれてすごくいい場所だ。ここならちょっとの悩みくらい吹っ飛ばせそうだな。



「どう? 涼くん。ここいいでしょ?」


「ああ、すごくいいと思うけど……」


「けど?」


「俺がここに来ていいのか……俺が存在していい場所じゃないだろ、ここ」


「いいのいいの。私がいいって言ってんだからいいんだよ」


マジか、生徒会長様すごいなぁ。



 俺は楓ちゃんと一緒にベンチに座る。

そして手作りの弁当を俺の太ももに乗せて布を解く。


弁当箱は2段になっていた。期待が高まる。

フタを開ける。上の段はぎっしり白米だった。そして下の段は……



「すごい……」


すごいとしか言いようがなかった。卵焼き、ウインナー、他にもいろいろぎっしり詰め込まれていた。俺は弁当作った経験ほとんどないけどそんな俺でもわかる。これはかなり手間と時間をかけて作った弁当。

楓ちゃんが早起きなのは知っていたがこんなに頑張って弁当作ってくれたのか。



「いただきまー……」


俺は箸を持って手を合わせていただきますと言おうとしたが言い終わる前に楓ちゃんが箸を取って、その箸で卵焼きを摘んだ。



「私が食べさせてあげるよ。はい、あ~ん」



満面の笑顔で俺にあ~んをしてくれる楓ちゃん。

可愛いし嬉しいけど周りにも人がいるのでちょっと恥ずかしい。



「いや自分で食べられ……むぐっ……」


言い終わる前に楓ちゃんは俺の口に強引に卵焼きをねじ込んできた。

そうだった、楓ちゃんのあ~んは強制だった。すごい強引かつ大胆。

俺はそのままもぐもぐと食べる。



「ど、どうかな? 私あまり料理得意じゃないんだけど……普段の食事はシェフに作ってもらってるし……」


それ食べさせてから言うことじゃないんじゃないかな。食べさせる前に言った方がいいんじゃないかな。

まあ俺は作ってもらってる立場なんだからどんな味でも絶対に文句は言わないけど。



「その、おいしくなかったら無理して食べなくていいからね」


何を言ってる、無理やり食べさせたくせにそんなこと言うな。朝早く起きて一生懸命作ってくれたんだから死んでも全部食うわ。



「……おいしいよ」


「ホント!?」


「ちょっと味のクセが強いような気もするけど。塩の味がちょっと濃くて人によっては苦手かもしれない。でも俺はこの味好きだよ。おいしい」


「嬉しい! 涼くんの好みの味でよかった! どんどん食べてね!」


「ああ、ありがとう」


その後もすべて楓ちゃんがあ~んで食べさせてくれた。



 全部食べた後、屋上のベンチで楓ちゃんと休憩する。

昼休み終わりまであと10分はある。ギリギリまで楓ちゃんと一緒にいたい、なんて考えてしまう。



「楓ちゃん、一つ聞きたいことがあるんだが」


「なーに?」


「……俺の居場所がことごとく楓ちゃんに特定されてるような気がするんだが、どういうことなんだ……?」


さすがに立ちションしてる時にまで居場所が即バレしたのは不自然だと思った。絶対に誰にも気づかれないように気をつけたのに。



「ああ、それはね……涼くんさ、ウチが用意した服を着てるでしょ?」


「ああ、まあ……服買いに行く必要がないくらい何着も用意してくれてたな。すごくありがたいよ」


「そのに発信器を仕掛けてあるんだ」


「は!?」


「私のスマホにキミの居場所が送信されるようになってるの。あ、上着脱いでも無駄だよ。下着や靴下にまで仕掛けてあるから」


「……!?!?!?」



し、下着まで……!? 俺が履いたパンツの行方まで楓ちゃんに筒抜けなのか!? なんだその羞恥プレイ。

ありがたいって言ったけど撤回したくなった。でもちゃんとしたオシャレな服を用意してもらったんだから文句は言えない。俺ペットだし、そのくらいは許容しなくてはならないのか。

そうだ、たとえ人権ない扱いをされたとしても受け入れる覚悟をしたんだ。ならば発信器くらい軽いものでは……



「これでも私、すごい我慢してる……本当はキミに首輪をつけたいくらいなんだから」


「首輪ッ……!?」


重いし怖い。楓ちゃんは笑顔になってるけど目が笑ってない。それが怖い。



「……涼くん、お茶飲む?」


「へ!? あ、ああ、ありがとう……」


なぜか急にお茶を手渡されて困惑する。

なぜ今……怖い顔を見せられた直後だしこのお茶にも何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。


「大丈夫、変な薬とか入れたりしてないよ。ホラ、そのペットボトル開封されてないでしょ?」


「ああ、確かに……ちょうど喉乾いてたしありがたくいただくよ」


俺はフタを開けてゴクゴクとお茶を飲む。



「……涼くん……私、涼くんのことが好き」



「ぶふぉおっ!?!?!?」



楓ちゃんの気持ち、今までの言動から勘付いてはいたが、今言うのか!?

なんでわざわざお茶渡して飲んでる途中で言うんだ。お約束で盛大に噴き出しちゃったじゃねぇか。ワザとか?



「あ、あのっ、そのっ、楓、ちゃんっ……えっと……」


女の子から告白されたのは生まれて初めてだ。雲母の時はどちらの方から告白したとかはなく、最初は友達で一緒にいるうちに自然となりゆきで付き合うようになった感じだ。

俺は動揺しまくってテンパりまくっている。どこからどう見ても恥ずかしい対応の仕方をしている。



「大丈夫、落ち着いて涼くん。別に付き合ってとは言ってないから」


「あ、ああっ……!」


心臓が大暴れして、少しでも鎮めるためにお茶を飲む。



涼くんが私を好きじゃないことはちゃんとわかってる。

初めて会った時は私子供だったし、今はキミをペットにしてるし。これじゃ私を恋愛対象にはできないよね。

ペットと飼い主の関係でも、いつかは必ず惚れさせてみせるから。それまではペットとして待っててほしいの」


「……楓ちゃん……」


「……涼くん、お茶一口ちょうだい」


「え、キミの分はないのか?」


がいいの」



楓ちゃんは俺が飲んでいたお茶を飲む。


可愛い女の子は飲み物を飲んでいる時もすごくエロいな……特に唇に意識が集中して心臓は高鳴り続けた。


……あれ、まさかこれって間接……



「ふふっ、涼くんと間接キスしちゃった」


妖艶な微笑を俺に向けた。さらに上目遣いの潤んだ熱視線。


「ごめんね、正直に言うと涼くんと間接キスしたくてお茶をキミに飲ませたんだ」


「……っ!」


楓ちゃんの瞳はあまりにもまっすぐに俺を見つめていて、俺は照れまくる。

優しい風が吹く。楓ちゃんのゆるふわな長い髪がふんわりと揺れる。髪を耳にかける仕草をしながらも、俺を見つめる美しい瞳に揺らぎはない。揺れる髪と揺れない瞳の組み合わせがあまりにも美しい。あまりにも絵になる。この瞬間を絵画として永遠に残しておきたくなる。


時が止まったように俺は悩殺された。その後もしばらく、この楓ちゃんの表情が頭に焼きついて消えることはなかった。

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