お嬢様学校で働くことになりました
「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくれ楓ちゃん」
「待たない」
「そう言わずに頼むから待ってくれ。ペットの身で大変恐縮ではあるが、職場を選ぶ権利って俺にはないのか……?」
「ない。キミはここで働くの。サインしたでしょ?」
楓ちゃんは契約書を俺に突きつける。ハッキリと俺の名前が書かれている。
契約書くらいちゃんと読めよって話だが、読んだところでどうせ拒否権ないだろうしなぁ。
「それに私ちゃんと確認したよね? 『何かやりたいこととかあるの?』って。
それで何もないって言ったよね? じゃあ私が仕事を決めてもいいよね?」
「うっ……」
確かに俺には何もないし楓ちゃんに仕事を紹介してもらう約束をした。そんな俺が職場を選ぶ権利とか言うのはお門違いだ。ちゃんと仕事を用意してもらったんだし俺は感謝するべきだ。感謝するべきなんだけど……
「楓ちゃん、一つ質問いいか?」
「ダメ」
「そう言わずに……お願いします楓ちゃん」
「もう、しょうがないなぁ」
ジト目で見つめながら指で髪をくるくるする楓ちゃんの仕草はメチャクチャ可愛いけど、今の俺余裕なさすぎるんだからいちいちドキドキさせないでくれないか。
「……その、この学校って男性職員とかいらっしゃるんでしょうか……?」
「いないよ。殿方はキミだけ」
ニッコリと満面の笑顔でそう言われた。すごく可愛い笑顔なのにそれが逆に俺に圧力をかけた。
「いや、ちょ、俺マジでこの学校で雇われたのか!?」
「マジ。大マジだよ」
「いやおかしいだろ。こんなに名門校なんだから職員採用の基準とかめっちゃ厳しいはずだろ。しかも女性しかいないところで男が採用されるわけないだろ。なのになんでサイン一つで……!?」
「私が職員さんに話をしてOKもらったよ」
「なんで!? キミが話をするだけでOKくれるとかなんで!?」
「私、一応生徒会長だからね」
「楓ちゃん生徒会長なの……!?」
「うん。私めっちゃ頑張って超優等生になったんだよ」
楓ちゃんはドヤ顔でゆるふわな長い髪をなびかせた。
めっちゃ頑張って生徒会長になったのはすごいなぁ、とは思うけれども!
「いや、生徒会長って人事採用を行う権限とかあるわけじゃないだろ!?」
「あるんだよなぁ、それが」
マジでか……楓ちゃんこの学校でもすごい権力持ってんのか……職員さんにOKもらったとか言ってたけど実際にはOKさせたの間違いだろ。
大企業のお嬢様なのはわかってたが、ここまですごいのか……俺にはちっとも理解できない世界だ……
ついこないだまで人生最底辺コースまっしぐらだった俺は、なぜか名門お嬢様学校で働けることになりました。
まあ、新しい仕事が見つかったのは素直に喜ばしいんだが、不安も数えきれないくらいある。
朝のHR開始前、俺は楓ちゃんに校舎裏に連れてこられていた。
「はい、これ!」
楓ちゃんに渡されたものは、ホウキとチリトリだった。
「こ、これは……?」
「キミにはまずこの学校の雑用をしてもらうよ! 今日は清掃員の仕事を与えます!」
「せ、清掃員……」
「うん、涼くん掃除楽しいって言ってたでしょ? ならちょうどいいじゃん」
「あ、ああまあ……」
「なに? 涼くん不服そうだね」
「いや、そんなことは……」
「まさかとは思うけど、いきなり高給取れる仕事もらえるなんて思ってないよね?」
「いや! 思ってないぞ!」
「よろしい。じゃあ私教室に行くから、お掃除頑張ってね」
「わ、わかった」
楓ちゃんは行ってしまった。俺は1人ぼっちだ。
朝のHRの時間だから周りに生徒もいない。さっきよりさらに心細い。
……言われた通り掃除頑張るか……
学校の掃除って言われても、どこをどうやればいいんだ? 何の説明もされてないぞ。楓ちゃんにちゃんと聞いとけばよかったかな……でも彼女も学校で忙しいだろうしあまり時間取らせたくないしな……
とにかく俺の好きなようにやっていいか。
ザッザッ、ザッザッ
落ち葉がたくさんあるので掃除していく。
とにかく下校時刻までずっと掃除する。たぶん昼食休憩もなしだろう。でも俺は頑張る。
ザワザワ、ヒソヒソ
? なんか話し声が……
あ、周りに女子生徒が何人かいる。いつの間に……そうか、今1時間目が終わって休憩時間か。
そしてすごい視線を浴びている。視線がどんなに痛くても気にせずに掃除を続ける。
……いやダメだ気になる。明らかにマイナスな気持ちを含んだ視線だ。地味に俺にダメージを与える。
「やだ……なんなのあの男……」
「今日からこの学校で働いている清掃員みたいよ」
「えぇ、清掃員?」
女子生徒たちのヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。俺のことは楓ちゃんが話をしてあるようだな。そうでなきゃ俺はとっくに変質者として通報されてるか。
「あの男の人若そうだけど清掃員なんてやってんの? ダッサ……」
「若い人が清掃員なんて底辺よねぇ」
「ぷっ……かわいそ~」
おい、聞こえてんだよ。俺の身体にグサッと刺さってるぞ。俺泣いちゃうぞ。
底辺か……フラれたしクビになったし何も言い返せないな。清掃員自体は全く底辺とは思わないが俺は底辺だ、間違いない。上級のお嬢様には俺の気持ちはわかるまい。しかも俺は女子高生のペットまでやってるからな。どうだまいったか。
……まいるわけないよな……はぁ、悲しくなってきた。
「ねぇ、あのさぁキミたち、今彼の悪口言ってなかった?」
ん!? 楓ちゃんの声がした。
声がした方を向くと、楓ちゃんが登場し、さっき俺のことを笑ってた女子2人にツカツカと詰め寄っていた。
「なっ、な、中条会長!?」
「彼のこと悪く言うのやめてくんない? 私に聞かれてないと思ったら大間違いだよ?」
「や、やだなぁ、悪口なんて言ってませんよぉ~」
「はぁ? キミたちは私の耳がおかしいと言いたいの?」
「いや、違っ……す、すいませんでしたぁ!」
女子2人は楓ちゃんから逃げた。すごい速度で逃げていった。
まあ気持ちはわかる。楓ちゃんメッチャ怖いよな。さすが生徒会長様だ、威厳がヤバイ威厳が。
女子2人を追い払った後、楓ちゃんはさわやかな笑顔で俺に近づいてきた。さわやかな笑顔もちょっと怖い。
「涼くん、大丈夫だった?」
「いや大丈夫も何も俺別に何もされてないし……あの子たちが言ってたのは事実だしあんなに脅かさなくてもいいんじゃないか? まあでも俺のために怒ってくれたのか、ありがとう楓ちゃん」
「ふふっ、どういたしまして。本当はぶっ飛ばしたかったんだけどねあんな奴ら。涼くんをバカにする奴は絶対に許さないから」
「楓ちゃん……」
なんて心強い……俺は感涙したくなってしまった。
「涼くんを罵倒していいのは私だけだからね」
「…………そうか……」
喜んでいいのかそれ……まあ別にいいけどさ。
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