第18話 それぞれの戦場

 イースト街、ヴィンゼルの戦場。


「ぐおあっ!」


 一人、また一人と人間が倒れていく。

 だが、ヴィンゼル側の者ではない。

 圧倒的な戦力差を持つはずの皇族直属部隊だ。


 すると、後方の皇族たちが声を上げる。


「な、何をやっているんだ!?」

「数は勝っていますのよ!?」

「早くやっておしまいなさい!」


 ヴィンゼル部隊と皇族部隊がぶつかり、数十分。

 すぐに片付くと思っていた皇族たちは、焦りに焦っていた。

 勝利どころか、一方的に押し負けているからだ。


 それほどまでに、ヴィンゼル側が戦場を支配していた。


「なんとかなりそうだね」


 中でも、先頭に立つヴィンゼルは圧倒的だ。

 強者の素振りを見せてなかったはずが、実はかなりの実力を持っていた。


 その理由は一つ。

 ヴィンゼルは究極に“素直”だからである。


「教科書通りにやれば勝てるんだね」

「「「……ッ!」」」


 幼少より、皇族として英才教育を受けてきたヴィンゼル。

 普通ならば逃げ出したくなるほどの量も、彼はこなし続けてきた。

 その影響で差別意識が根付くこともあったが、それが良い方向に作用すれば、話は変わる。


(皇族の教育も捨てたものじゃないね)

 

 ヴィンゼルは、長い皇国の歴史が生み出した戦術、兵法を全て習得している。

 加えて、持ち前の才能を生かした剣と魔法は一級品。

 戦場に出た彼は、まさに“歩く戦術兵器”だ。


「さあ、この戦いを収束させよう」

「「「うおおおおおっ!」」」


 ヴィンゼルの勢力はさらに活気づく──。

 




 一方その頃、シャロルが戦うノース街。


「ねえ、さすがに無理ゲーだって」

 

 闇ギルドのクロネコは、シャロルを追い詰めていた。

 ナンバーツーたる実力もだが、それ以上に戦力差が大きすぎる。


「一人で全員を相手にするとか、敵うわけないでしょ」

「くっ……」


 シャロルは、一人で多数の傭兵を相手にしていたのだ。

 それも全員が凄腕のプロである。

 シャロルが勝てる見込みは限りなく少なかった。


「まさかズルとか生ぬるいこと言わないよね?」

「……っ!」


 傭兵には騎士道など存在しない。

 任務遂行が何より重要であり、いかに相手を出し抜くかを最優先にしている。

 ならば、大勢で一人をなぶることに何のちゅうちょもない。


「かっこいいこと言っておいて、何も出来てないじゃん」

「……ッ!」

「私たちのトップはどこへ行ったんだよ!」

「チッ!」


 シャロルはクロネコのナイフを回避した。

 だが、その体はフラついている。

 

「何があなたをそこまでさせるわけ?」

「……」

「他人なんてどうでも良かったでしょ」


 対して、無理やり笑うシャロルは答えた。


「たしかにそうだった。でも、ワタシの主ならきっと同じことをする」

「ティア皇女が? 力がないのに?」

「……ああ、そうだよ」


 それには肯定しつつも、シャロルは心の中で思う。


(力はないのに、自ら積極的に動いて、自ら矢面に立つ。その無茶ぶりにワタシ達は動かされてんだ。だから──)


「ワタシ達が支えてあげなきゃならない!」

「……!」


 シャロルは再び一歩を強く踏み出す。

 まだまだ動けると言わんばかりに。

 しかし、ぜんとしてピンチには変わりない。


「威勢ばかりよくても仕方が無いわよ?」

「ああ。けど、こっからワタシの番だ!」

「何を言って──って、この気配は!」

「やっと気づいたのね」


 クロネコはバッと奥に目を向ける。

 そこから駆けてくるのは、銀色の装備をした者たち。

 その中で、先頭を走るエイルが声を上げた。


「シャロル、無事か!」

「ったく、遅いよ!」


 エイルと同じ格好の者たちが、シャロルの周りに並ぶ。

 彼らは栄光ある“皇都騎士団”だ。

 対して、クロネコは目を見開く。


「なぜだ! 皇都騎士団は中立の立場のはず!」

「先程まではそうだった。だが、今回はレグナス第一皇子のテロ行為と認定した」

「……!」

 

 エイルはティアの幼少期から面倒を見ている。

 当時から、いずれこうなる未来を予測していたのだ。

 副団長という立場になるまで努力したのも、全てはこの瞬間のため。

 

「これより皇都騎士団は、全面的にティアリス第三皇女を支援する!」

「「「うおおおおおっ!」」」


 劣勢だったノース街でも、戦況を変わろうとしていた。





「レグナス、お前を倒す……!」

「がはぁっ!」


 戦闘開始早々、奇襲をかけたレグナスは、逆にアルにカウンターをもらう。

 顔面への渾身の一撃だ。


「き、貴様ぁ……」


 そのままぶっ飛ばされたレグナスは、顔を抑えながら立ち上がった。

 だが、口角はにやりと上がっている。


「かなり体力を浪費しているな?」

「……!」


 レグナスの言葉は的中していた。


 アルは水の大精霊ディーネと、土の大精霊ノームを顕現けんげんさせて消火にてていた。

 四大精霊は一体を数秒出すだけでも、成人男性がぶっ倒れるほど体力を消費する。

 たとえアルでも、二体を同時に扱えば、かなり体力を持って行かれるのだ。


 その証拠に、腰が入っていない拳は大ダメージには至らなかった。

 すると、レグナスは背後にドス黒い精霊を浮かばせる。


「やっぱお前・・の言う通りだったわ」

『そうでしょ』

「……!」


 それにはアルも目を見開く。


「それはまさか、邪霊……!」

「ご名答。やっぱ情報を握ってたか」

『ヴィンゼルの差し金だね』


 レグナスが邪霊を宿しているのは想定内だ。

 だが、その姿は予想よりも遥かに大きい。


(この大きさ、四大精霊よりも……!?)


 精霊の強さは、大きさに比例する。

 だからこそ、目に見えるサイズの四大精霊は信仰されるほどの力を持つが、邪霊はそれ以上・・・・だった。

 

 その答えは、シルフが知っている。


(あれは、前代の四大精霊……!)

「え!?」


 アルに負担をかけないよう、シルフは心の中から語りかけた。

 それは邪霊が言っていた真実と一致する。


(あの邪霊の力は、ボクたち四体と同等だ)

「……っ!」


 色々と疑問は浮かぶ。

 なぜ前代が邪霊化したのか。

 なぜレグナスが顕現して平気なのか。

 

 だが、とにかく今言えることは一つ。

 邪霊を宿したレグナスは──“強い”。


「こっちからいくぞ、スラムの英雄とやら!」

「!?」


 邪霊を顕現させ、数十倍の力を得たレグナス。

 その速さと威力で、途端に形勢を逆転させる。


「どうした、その程度か?」

「ぐっ!」

「ついでにこっちにも気を配れよ?」

「……ッ!」


 さらに、持ち前の狡猾こうかつさも生かしてくる。

 攻防の中で、ドス黒い炎を民家に向けたのだ。


「防御ばっかじゃ燃やしちまうぜ?」

「やめろ!」

「ほら、足元がおろそかだぞ」

「ぐあっ!」


 アルが無理やり炎を止めようとし、レグナスは崩れた防御を突く。

 アルの正義感の強さを利用した形だ。

 

「がっかりだぜ、スラムの英雄」

「……ハァ、ハァ」


 そうして複数の攻防の後、アルは膝をついていた。


 二体の四大精霊の顕現。

 レグナスの邪霊の顕現。

 守る対象の多さ。


 数々の不利状況を背負い、アルはレグナスに追い詰めらている。

 その姿には、ティアも声を上げた。


「ア、アル様!」

「大丈夫」

「……!」


 だが、それでもアルは立ち上がる。


 ティアを守るため。

 ティアが守ろうとするものを守るため。

 アルの目はまだ死んでいない。


 対して、レグナスは細めた目を向ける。


「言葉だけでは解決はせんぞ?」

「ああ、そうだな」


 しかし、アルも無策ではない。


「これでようやく終わった」

「なんのこと──まさか!」


 レグナスは周りを振り返った。

 攻防に夢中で気づかなかったが、放った火が全て消火されていたのだ。

 アルは顕現させている精霊により、もう人がいないことも確認している。


「もう遅い」


 アルは自らの攻防に集中させることで、待っていたのだ。

 この全力を出せる機会を。


「これでようやく全力だ」

「……ッ!」


 そして、四大精霊を全て・・顕現させる。

 自らの持てる力を全て振り絞るつもりだ。


「覚悟しろ」


 全力のアルが、反撃を開始する──。

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