第10話 とある暗躍者
「姫様、大変です!」
朝食を終えたティアの元に、エイルから報告が上がる。
ティアの隣には、もちろんアルもいる。
「
「……!」
エイルの報告に、ティアは目を見開く。
アルが“スラムの英雄”となってから、約二週間。
アルはティア邸に身を置きながら、引き続き彼女の活動を手伝っていた。
だが、今は別件に悩まされている。
「今度は、皇位継承権“第五位”の皇子が権利を放棄しました」
「……そうですか」
皇位継承権を持つ者が、次々に権利を放棄しているのだ。
具体的には、ここ二週間で五件目。
明らかな異常事態である。
しかし、原因は不明だと言う。
「第五位の皇子は何と?」
「何も話さないそうです」
「やはりですか……」
原因不明なのは、権利放棄者が
秘密があるのは目に見えているが、相手は皇族。
違法でもない限り、
それでも、ティア達にも見当はついていた。
「やはり“暗躍者”がいると考えるべきでしょうか」
「その可能性は高いかと」
裏で何かを行っている人物がいる。
そう推測をしていた。
すると、ティアはちらりとアルに目を向ける。
「アル様にはご迷惑をおかけしますが──」
「わざわざ言わなくても大丈夫だよ」
「……!」
ティアの言葉に対して、アルは首を横に振った。
「ティアが権利放棄をする気がないのは分かってる。僕も全力で守るよ」
「ありがとうございます……!」
ティアの気持ちが揺るがないことは理解しているのだ。
だからこそ、改めて気合いを入れる。
「では本日もよろしくお願いします、アル様!」
「お任せあれ!」
そうして、本日も活動を行うティア一行であった。
★
その日の深夜。
「な、なんだお前はっ!」
とある豪華な部屋の中、一人の男が声を上げる。
男は皇位継承権“第四位”──バラム第三皇子だ。
バラムは後ずさりをしながら、侵入してきた暗躍者を指差した。
「ご、護衛はっ! 俺の護衛はどうしたっ!」
「護衛?」
暗躍者はフードを被り、顔や体は見えない。
体格は大きくなく、少女のような声である。
だが、返ってきたのは
「あのなまくら達のことね」
「なっ!」
「それなら下で全員気絶してるよ」
「そ、そんなバカな……」
皇族であるバラムも、当然立派な護衛をつけている。
騎士団から自ら引き抜いた直属の精鋭たちだ。
だが、暗躍者がここに来るまで物音一つしなかった。
つまり、暗躍者は見つかることすらなく、護衛を全員排除したのだ。
それも──たった一人で。
「ひ、ひいっ……」
もうバラムに出来ることはない。
「ゆ、許してくれえ!」
「……」
「欲しいのは金か!? それともスラムの奴隷か!? なんでもやるから、どうかこの身だけは!」
「……チッ」
すると、暗躍者は一枚の紙を出す。
“皇位継承権を放棄する”
「ここに調印しろ」
「そ、それだけでいいのか?」
「ああ、それとこの件に関して口外も禁止だ。もし口外すれば──」
「ひっ……!」
暗躍者は、フードからギロリと目だけを覗かせる。
「その時は
「わ、わかりましたっ!」
「さあ早く調印を」
「は、はいい!」
バラムはすでに屈服している。
命惜しさから素直に従い、書類に調印した。
これで後日、正式に権利を放棄したと発表されるだろう。
「確かに受け取った。ではこれで」
「……っ!」
役目を終え、暗躍者は背を向ける。
約束通り命は奪わなかったようだ。
だが、バラムは少しだけ勇敢だった。
(ふ、ふざけやがって……)
今まで皇位継承候補者として、色々とおいしい思いをしてきた。
だが、もし放棄をすれば味方貴族は減り、同じ生活はできないかもしれない。
その怒りがバラムに
「死ねえええ!」
「──遅すぎる」
「……!?」
だが、暗躍者はいつの間にか、バラムに背後に回り込んでいた。
背を向けていたはずなのにだ。
「殺気を全く隠せていない」
「さ、殺気だと!? まさか背中越しで感じていたとでも──」
「これ以上話すつもりはない」
「がっ……!」
軽く言葉を交わすと、そのまま首に手刀を入れて気絶させた。
「……はあ」
これで屋敷内に起きている者はいない。
ならばと暗躍者は壁にもたれかかり、ふと一息をつく。
そのまま入ってくる涼しい風を浴びるよう、フードを取った。
「これで六件目か」
暗躍者のコードネームは『
月夜に照らされるのは、
体も決して大きくなく、顔にまだ幼さが残っている。
だが、目には
「いつまでこんなことを続けなくちゃいけないんだろう」
暗躍していることは、シャドウの本意ではないのだろう。
その証拠に、次の標的には目を見開いた。
「次は……皇位継承権“第九位”ティアか」
シャドウも、ティアがスラムを救おうとしているのは知っている。
だからこそ、
だが、生きていくためのこの仕事で失敗は許されない。
「私には
また、シャドウにはとある予想もあった。
恐怖に似た絶望感が口にさせるのだろう。
「次の皇帝はレグナス皇子だろうし」
暗躍者の魔の手が、ティアに迫る──。
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