こんな話を見つけた
曰く
エキストラ①
雨の降る夜、私は記事の締め切りに追われていた。私は売れないライターで、取材の仕事をこなしながらなんとか生計を立てている。次の日には新しい記事のために映画の撮影現場を取材することになっていた。現場は古びた倉庫で、多数のエキストラが参加するシーンだと聞いていた。
「これで最後だ…」と呟きながら、私はパソコンに向かって文章を打ち込んだ。締め切り前のプレッシャーに押されて、コーヒーのカップはすでに何杯目かわからないほどだった。しかし、取材の仕事は私にとって唯一の生活の糧だった。次の取材に向けて少しでもいい記事を書かなければならない。
翌日、撮影現場に向かい監督やスタッフに取材をした。その日は、たくさんのエキストラたちが呼ばれていたが彼らはどこか無表情で、淡々と立っていたが、私は気軽に彼らに話しかけた。
「今日は大変ですね。どんな役なんですか?」
エキストラの一人が軽く肩をすくめて、「ただ歩くだけですよ」と短く答えた。その顔には疲れが見えて、彼もまた、日々の生計を立てるためにここにいるのだろうと感じた。
「そうですか。大変ですね。私も今日は取材で…」と少し冗談を交えながら話しかけるが、返ってくるのは短い返答か、ただの頷きだけだった。それでも、エキストラたちとコミュニケーションを取ろうと努めたが、彼らのほとんどは興味を示さないようだった。
「まあ、仕方ないか」と心の中でつぶやきながら、私は現場を見渡した。撮影が始まると、助監督の指示に従い、エキストラたちは通りを行き来していた。その中の一人にふと目を奪われた。どこかで見たことがあるような顔だったが、どこで会ったのか思い出せなかった。
撮影が終わり、私は監督に話を聞きに行く前に、あのエキストラに声をかけてみた。「あの、どこかで会ったことありますか?」
彼は一瞬私を見つめ、少し笑みを浮かべたが、すぐに無表情に戻り、「さあ、どうでしょうね」と答えた。その態度に妙な違和感を覚えたが、深追いするのはやめた。
数日後、別の取材で街を歩いていたとき、偶然あの日のエキストラと同じ顔の人物とすれ違った。最初は気のせいだと思い、そのまま通り過ぎたが、数分後、再び同じ顔の人物とすれ違った。胸騒ぎを感じて振り返り、その人物を追おうとしたが、姿はすでに見えなくなっていた。
「なんなんだ…」とつぶやき、私はその場に立ち尽くした。まさか偶然とは思えない。その夜、撮影現場で見たエキストラの顔が頭から離れず、インターネットで過去の撮影やエキストラの情報を調べ始めた。しかし、その顔に関する情報はどこにも見当たらなかった。不気味な予感が心に広がり始めた。
数日後、今度はある商品の記事を書くための取材で、社長にインタビューする機会があった。その社長のオフィスで社員たちに話を聞く中、あのエキストラの顔を見つけた。彼は何も言わず、ただじっと私を見つめていた。
「あの人、役者かなにかやっているんですか?」
私は社長に話しかけてみた。しかしその会社は副業禁止だという。なんだか笑える話だと思ったが、同時に怒りが込み上げてきた。
その後もあのエキストラと何度も遭遇するようになる。自宅近くのスーパー、取材途中の駅、そしてまた別の取材現場。彼の顔は無表情で、どこか生気が感じられない。それに加え、以前よりも「やつら」が増えていた。気づけば、社長や秘書などが私の周りを徘徊し始めた。
自宅の近くでも、取材の最中でも、エキストラたちが増え続けていた。夜、窓の外を見れば、遠くの街灯の下に立つエキストラがいた。道を歩けば、向こうから歩いてくる集団の中に、あの顔が混じっている。どこへ行っても、あの無表情な顔が、私をじっと見つめているような気がした。
ある日の取材現場で、私は思い切ってその男に直接話しかけることにした。
「お前は一体何者なんだ?なぜいつも私を付け回すんだ?」
男は無言で私を見つめ、少しの間の後に微笑んだ。その笑みは冷たく、どこか現実感がなかった。
「私はただのエキストラですよ」
その言葉を最後に、男はその場を去っていった。その背中を見送りながら、私は全身に鳥肌が立つのを感じた。
その後も私は「彼ら」との遭遇が続いた。毎日毎日、どこに行っても奴らがつきまとう。自宅でも職場でも、どんなに遠くへ逃げようとしても、彼らの無表情な視線から逃れることはできなかった。まるで私の日常が監視されているような、耐え難い重圧を感じていた。
この異常な現象の正体を突き止めるため、私は狂ったように情報を集めた。夜通しネットで似たような体験をした人を探し、フォーラムやSNSに書き込み続けた。「誰か、私と同じ体験をしている人はいないのか?」と叫ぶように。そして、古本屋や図書館で関連しそうな本を読み漁り、エキストラの歴史や社会的な役割についてさえ調べた。都市伝説、オカルトの雑誌、昔の新聞記事、何でも手がかりになりそうなものはすべて目を通した。
だが、手がかりはほとんどなかった。まるで「彼ら」は存在しないかのようだった。情報がなければないほど、私の不安は募り、孤独は深まっていった。日々、感じる孤立感が私を蝕んでいく。現実がどこまでが本物で、どこからが幻なのか、その境界が分からなくなっていた。
「これを読んでいる誰か、同じような体験をしている人はいませんか?」
私は必死にメッセージを発信し続けてきた。誰でもいい、ただ一人でいい、私と同じ現実に立ち向かう仲間が欲しかった。こんな恐怖を一人で抱え続けることは、もう限界だった。どうか、誰か――私を助けてほしい。
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