2章 12話『脳内麻薬』

ある晩、タクミは再び暴力団の集会に参加していた。彼はその場で、力を誇示し、仲間たちの恐怖を利用して自らの地位を確立しようとしていた。しかし、心の奥にある不安と罪悪感が彼を蝕み続けていた。


集会の最中、一人の男がタクミに近づいてきた。男は冷酷な目をしており、彼の存在感は周囲を支配していた。「おい、タクミ。お前がこの集団での力を示したいなら、初めての血を流す時が来たな」と言った。


その言葉に、タクミは一瞬硬直した。彼の中で何かが揺れ動いた。初めての殺人。まさに彼が恐れていたことだった。しかし、彼は心の中で自分を鼓舞した。「この瞬間が、自分の存在を証明するチャンスだ」と。


「誰を殺せばいい?」タクミは力強く尋ねた。男はニヤリと笑い、「見ろ、あの男だ。彼は裏切り者だ。俺たちの計画を台無しにしようとしている」と指差した。


タクミの目に映ったのは、一人の中年の男だった。男は、タクミの目を全く気にせず、飲み物を楽しんでいた。その姿は、まるで何も知らない無邪気な子供のようだった。だが、タクミの中では既に決意が固まっていた。


タクミは男の元へ向かう。心臓が高鳴り、手のひらは汗で濡れていた。彼は自分が何をしようとしているのかを理解していたが、同時にその恐怖を振り払うために前に進むしかなかった。


「お前、裏切り者だな」とタクミは男に向かって叫んだ。男は驚いた様子で振り返り、タクミの表情を見て冷笑を浮かべた。「お前に何がわかる。俺は忠実だ。」


その言葉がタクミの心に火を点けた。彼は自分の心を無視し、周囲の視線を感じながらも手を伸ばし、男の胸にナイフを突き刺した。


「なに…!?」


男の表情が一瞬で驚愕に変わり、彼の目はタクミを見つめたまま、徐々に力を失っていく。タクミはその瞬間、自分の中で何かが崩れ去る音を聞いた。温かい血が彼の手を伝い、彼の心臓は激しく鼓動した。


「何をした…」タクミは自分の行動に呆然とした。


「すごい、気持ち、いい」彼は心の底から快感を覚えた。


周りを見ると、男はタクミの目を見つめながら、静かに倒れ込んでいった。周囲は一瞬静まり返り、タクミは自分の行動が引き起こした現実を理解できなかった。彼はその場に立ち尽くし、無我夢中で男の命を奪ってしまったことに戸惑った。


「お前、何をやっている!」男の仲間たちが怒鳴り、周囲は一気に混乱に陥った。タクミはその場から逃げ出すように走り去り、逃げ道を探し始めた。


だが、その瞬間、彼の心の奥には冷たい感覚が広がっていた。人の命を奪ったという現実が彼を襲った。暴力によって得られる快感がある一方で、その裏には消えない罪悪感が待ち受けていた。


「これが、俺が望んでいたことなのか…?」彼は自分に問いかけた。かつての仲間を守るために戦っていた自分が、今では他人の命を奪う存在になってしまったことを理解し始めた。


タクミはそのまま街を彷徨い歩いた。彼の心の中で、仲間たちの声が響いていた。彼らの笑顔が、彼の心をさらに重くさせていく。


「お前は一体、何をしているんだ…」


彼はその言葉を振り払うように走り続けた。しかし、その足音は彼の心の中で鳴り響いていた。彼は自分の選んだ道を後悔することになるのだろうか。その予感が、彼をさらなる絶望へと導いていく。

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