2章 11話『みりん』

タクミは新しい世界に転生した。その世界は、彼の記憶に残るどの世界とも異なっていた。背後には崩れた城壁、周囲には異形の者たちがうごめいていた。彼は、強大な力を手に入れたはずだったが、心の奥底では、失った仲間たちの笑顔がフラッシュバックしていた。


「なんで、みんながいなくなったんだ…?」


心の中の怒りが、次第に暴力の渇望へと変わっていく。タクミは、自分がかつて仲間たちを守るために戦ったことを思い出すと、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。彼の目には、仲間を失った痛みが色濃く映っていた。


ある晩、彼は一人の少女を見つけた。彼女は、道端でうずくまって泣いていた。タクミは、かつての自分なら助けに行っただろう。しかし、彼の心の中に潜む闇は、彼を無情に変えてしまった。


「どうした、泣いているのか?」


彼は無機質な声で問いかけた。少女は恐怖に怯え、彼を見上げた。タクミはその反応に不快感を覚えた。彼はかつて仲間たちを守っていた自分が、今では恐れられる存在になっていることを感じた。


「私を助けて…」少女は涙を流しながら訴えた。


「助ける?お前のために何をする必要がある?」タクミは冷たく言い放った。


その瞬間、彼の中の抑えていた何かが弾けた。タクミは彼女を地面に押し倒し、怒りをぶつけるかのように叫んだ。「誰かを助けることが、どれだけ無駄か知っているか?俺は失ったんだ、すべてを!」


彼女は恐怖に震えながらタクミの目を見つめたが、彼の心にはもはや彼女を助ける余裕などなかった。タクミは、自分の手に力を入れ、彼女の声をかき消すように叫んだ。「お前は、俺の過去の象徴なんだ。仲間を守れなかった俺の弱さを思い出させる存在なんだよ!」


少女は、彼のその言葉を理解することもできず、ただ泣き続けた。タクミは自分の内面で渦巻く怒りが、自分自身をも食いつぶしていることに気づかなかった。


数日後、タクミは暴力団の一員として名を馳せるようになっていた。彼の強さと冷酷さは、瞬く間に周囲に広まり、恐れられる存在となった。仲間を失った痛みを忘れるかのように、彼は自らの力を誇示し、他者を蹂躙していった。


「強さこそがすべてだ…」彼は独り言のように呟いた。自分の中の痛みを、他者にぶつけることでしか癒せないことを、彼は理解していた。


タクミは、数人の手下を従え、再び道を歩き出した。道行く人々は彼を恐れ、道を避ける。その姿は、かつての自分とはまるで別人だった。彼は、自分が失ったものを取り戻そうとすることもなく、ただその力を持って他者を支配することに快感を覚えていた。


しかし、彼の心の中では、仲間たちの笑顔が今も消えることはなかった。彼はその痛みを覆い隠すために、暴力の道を選んだ。しかし、深い闇に沈む彼の心は、果たしてその選択が正しいものだったのか、自問自答することすら許されない状態にあった。


次第に、彼は自分の中に潜む罪悪感と向き合うことになった。暴力によって得られる快感は一時のものでしかなく、心の奥底にある悲しみを埋めることはできなかった。仲間を失った痛みは、彼の心を締め付け、そして彼の行動に歪みを生じさせていった。


「もう、誰も失いたくない…」彼は小さな声で呟いたが、その言葉は誰にも届かない。タクミはその闇から抜け出すことができるのだろうか。

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