【番外編】last time forever(2)



「それで、えっと……」


「今日も、菜乃子のところに寄ってきたけど」


 言葉を探していたお母さんが、お父さんに遮られる。


「見てられないくらい、つらそうにしてる。菜乃子は何も悪くないのに、自分を責めて。よくそんな、軽く適当なこと言えるよな」


「…………」


「お父さん」


 今の発言は、さすがに、お母さんの気持ちを考えなさすぎ。


「亮太郎のお母さんのことは、お母さんも心配してるよ。お父さんも、ある程度は、亮太郎のお父さんと亮太郎に任せるべきだよ」


 そもそも、毎日のように仕事帰りに亮太郎のお母さんに会いに行っている、お父さんの方に違和感を覚える。


「や、ううん……! 花、それは違う。亮太郎くんのお母さんも、お父さんがお見舞いに行けば、うれしいと思うから。ね? 遊佐くん。元気づけてあげなきゃね」


 あわてて、わたしとお父さんの間に入る、お母さんに。


「言われなくても、そう思ってる」


 息をついて、そんなふうに返したあと。


「食べるよね? 半日煮込んだ、ビーフシチュー……」


 また、お母さんを無視して、お父さんはリビングを出てしまう。


「ちょっと、お父さん」


「いいの、いいの。あまった分は、冷凍しておけばいいもん。食べよっか、花」


「ん……」


 お父さんに甘いのか、脳天気なだけなのか。あんな態度を取られて、お母さんもよく笑っていられる。






「こんにちは」


 少し緊張しながら、病室のカーテンを開いた。


「花ちゃん……来てくれて、ありがとう。起き上がれなくて、ごめんなさい」


「そんなことで謝らないでください。亮太郎、このお花、お願いしていい?」


「ん。ありがとう、花。花びんに水入れてくる」


 お見舞いの花を亮太郎に託すと、亮太郎のお母さんの横の椅子に座った。


「大変でしたね。ごはんは食べられてますか?」


「昨日から、少しずつ……ね。まだ、重湯みたいなものだけど」


「そう……ですか」


 弱々しい声。もちろん、体もつらいに決まっているけれど、気力が持てない感じ。


「あの……花ちゃん?」


「はい?」


 わたしは、いつもどおりの調子で返事する。


「あのね、花ちゃんのお父さんって、最近……」


「なんか、毎日仕事帰りに寄ってるみたいですね。かえって迷惑なんじゃないかって、それが心配」


 今、なんとなく、探るような雰囲気だった。そうだよね、わたしのお母さんのこととかも考えて、気を遣っちゃうよね。


「迷惑だなんて、とんでもない。わたし、本当に、うれしいの。ただ……」


 と、そこで。


「おまたせ。よかったね、母さん。この花、好きだったよね」


 戻ってきた亮太郎が、カーテンを開く。なんとなく、助かった。亮太郎のお母さんの言おうとしていることに、どう答えていいのかわからなかったから。


「ね、すごく綺麗……ありがとう、花ちゃん。花ちゃんのお母さんにも、よろしく伝えてね。亮太郎、花ちゃんと、一階のカフェにでも行ってきたら?」


「ああ、そうだね」


「あ……じゃあ、お大事にしてくださいね。よかったら、お父さんに、何でも言いつけてください」


「顔を見せにきてもらえるだけで、十分すぎるくらい」


 一瞬、大学生くらいの顔に見えた、亮太郎のお母さんに。


「そうですか」


 笑って会釈をしてから、亮太郎と病室を後にした。






「はい、花」


「ありがとう」


 亮太郎から、自販機のホットロイヤルミルクティーを受け取った。


「いやー、びっくりしたよね。まさか、自分の親がいきなり倒れちゃうとかさ」


 空いている席に向かい合わせに座って、亮太郎が話し出す。


「結局、検査の結果は悪くなくて、最低限のラインですんだみたいだよ。リハビリの病院も響くんのお兄さんが手配してくれることになったし、安心かな。でも、気持ちの方がね」


「そんな感じだったね」


 昔から、亮太郎のお母さんといえば、わたしのお母さんと違って、しっかりした人という印象だから。


「母さんの方の親戚、一度はその手の病気で倒れてる人多いから、遺伝的なものだと思うんだよね。でも、ほら。うちの母さん、料理に絶対的な自信持ってるでしょ? 味でも栄養面でも。どうも、そのへんのところが自分の中で崩れちゃったことに、すごくショックを受けてるっぽくて」


「なるほどね」


 その気持ちは、理解できる気がする。


「でも、わかると思うけど、うちの父さん、あんなでしょ? 楽観的で。多分、弱音を吐きにくいというか、母さんのほしい反応が返ってこないというか」


 どこの夫婦も、似たようなすれ違い要素があるのかな。


「だから、花のお父さんが来てくれると、うれしいんじゃない? 不安を共有してもらえて。でも、俺も気になってるよ」


「ん? 何が?」


 亮太郎の言葉で、我に返る。


「花のお母さん、どう思ってるかなって」


「ああ、うん」


 亮太郎になら、話してもいいよね。


「お父さんがお見舞いに寄ること自体は、普通に賛成してるの。でも、お父さんのために明るく振るまってるのが空回りしちゃって、それがね……」


「そっか。花のお母さん、寛大なんだね」


 いやに、感心しているようすの亮太郎。


「寛大? ちょっと、大げさじゃない? だって、同じ大学の友達だったんでしょ?こんな大変なときなんだし」


「え? あ……そっか、そうだったね、うん」


 そこで、はっとした表情で、亮太郎に視線をそらされた。


「亮太郎? 何か、隠してない?」


「いやいや。隠してない」


 ぶんぶんと首を振りながら、明らかに目が泳いでる。


「俺、そろそろ、帰ろうかな。一回、病室に荷物取りに行かなきゃ。じゃあね、花」


「亮太郎……!」


 いったい、何なの?






「ねえ、お母さん」


 早めの夕食を終えて、リビングで音楽を聴いていた、お母さんに声をかけた。


「え……? あ、何? 花」


「お父さん、今日も病院?」


「そうじゃないかな。うーん……今の気分的には、こっちな気がしてきた。CURE の『kiss me, kiss me, kiss me』」


 何やら深刻に考えていると思ったら、次に聴くCDのことか。


「嫌じゃないの? お母さん」


「何が?」


 きょとんとした目で、わたしを見る。


「まさか、お父さんに下心があるとは思ってないけど。亮太郎のお母さんって、綺麗じゃない?」


「まあねえ……お母さんも憧れてたよ、菜乃子ちゃんには。『どうあがいても菜乃子にはなれない』って、お父さんに言われつくして、あきらめたけど」


「お父さん、そんなことまで言ってたの?」


 さすがに、いい気持ちしないんじゃない?


「ちょっと控えさせたら? せめて、回数を減らさせるとか。入院生活、まだ続きそうなんだから」


「うん……」


 めずらしく、お母さんの歯切れが悪い。


「実は、何日か前に、加瀬くんも電話くれたんだけどね。わたしに気を遣ってくれて。でも、お父さんが行くと菜乃子ちゃんもうれしそうだっていうし、こういうときくらいね。それに」


「それに?」


「多分、菜乃子ちゃんがいなかったら、今のお父さんはいないっていうくらい、お世話になったんだと思うから。そんな菜乃子ちゃんが、弱気になっちゃってるんだもん。お父さんが力になってあげたいと思う気持ち、わかるよ。お父さんのそういう優しいところ、お母さんも好きだしね」


 お母さんが寛大って、まんざら間違ってないのかもしれない。今、お母さんのこと、少し見直した。ただ、何か引っかかる。


「あのね、お母さん。わたし、亮太郎に聞いちゃったんだよね」


 かまをかけて、聞き出しちゃおうっと。


「えっ? な、何を?」


 気持ち、うろたえてる?


「亮太郎のお母さんと、うちのお父さんの関係」


「…………!」


 動揺したのか、床に積んであったCDの山を崩してしまった、お母さん。


「き、そ、聞いちゃったの? そう、でも、昔の話だから。遊佐くんと菜乃子ちゃんがつき合ってたのは、大学の初めの頃のことで」


 やっぱり、そうだったんだ……と、わたしが反応しようとした、そのときだった。


「あ」


 まずいかも。


「どう……わ、遊佐くん?」


 話に夢中で、気がつかなかった。半開きだったリビングのドアの前に、お父さんが立っていたことに ————— これは、前回以上のタイムングの悪さだ。

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