KISS, KISS, KISS Lollipop

My Stupid Band・前編



「類くん、絶好調みたいだね……ちょっと、璃子ちゃん?」


「やだ。この子、泣いてるわ。璃子、大丈夫?」


 ステージの上にいる遊佐くんが格好よすぎて、隣の北村くんと美緒ちゃんに応える余裕がない。そして、滝のように流れ出る涙も止まらないよ。このままでは脱水症状で力尽きて、倒れてしまうかもしれない。


「美緒ちゃん、北村くん。わたしに何かあったら、いろいろとよろしくね」


「わけのわからないこと、言わないで。ほら。次の曲、始まるよ」


「あ……!」


 わたしのいちばん好きな曲。顔を上げて、ステージの上の遊佐くんを、まっすぐに見つめた。


「遊佐くん、璃子を見てるんじゃない?」


「遊佐くん……」


 忘れもしない。あれは、遊佐くんがわたしを “奪いに” 来てくれたとき。弓ちゃんや響くんとやった、この曲。


 最近は、考えるところもあって、頻繁にはモノレールのライブに来てなかった。今回は観光も兼ねた美緒ちゃんと北村くんに便乗して、松本までついてきてきちゃったんだけど……本当に、来てよかったよ。


「ゆざぐん……!」


「すごい顔だよ、璃子ちゃん」


「いいよ、もう。放っておきなって」


 もはや、二人の会話も耳に入らない。そして、百万回目くらいの誓いを立てるの。わたしは、遊佐くんを一生愛し抜くって。







「いいライブだったね。会場の広さとかも、ちょうどよかったし」


「遊佐くんだけじゃなくて、響くんのファンも増えてそうだよね。ねえ? 璃子」


「…………」


 別にホテルを取っている美緒ちゃんと北村くんを見送るため、まだライブの余韻で熱気の冷めやらぬ会場を、とりあえず出てきたんだけど。


「璃子?」


「えっ? あ、うん」


 ぼんやりしてた。あわてて、美緒ちゃんに返事する。


「璃子は、遊佐くんと待ち合わせしてるんでしょ? 打ち上げとか、あるんだよね」


「うん……」


 そうなの。これからが、わたしの苦手な時間なの。


「じゃあ、また明日ね。一応、起きたら連絡してみるから」


 と、美緒ちゃんと北村くんが、ホテルに向かおうとしたとき。


「来たな」


 不意に、わたしの頭の上に置かれた手。


「遊佐くん……!」


 今さっきの感動の涙が、再び。


「北村と倉田さんも、ありがとう」


「こっちこそ。ゲストで入れてもらっちゃって」


 軽く、わたしをあしらうように笑ってから、美緒ちゃんたちと会話する遊佐くんに、見惚れてしまう。


「どうだった? 今日は」


「最高だったよ! 歌はもちろん、遊佐くんのズレてたギターも絶妙で」


 遊佐くんにしかない、天性のセンスを感じたよ。


「相変わらず、嫌な聴き方してるな」


 そう言って、顔をしかめたあと。


「これから、すぐそこの店で打ち上げやるんだけど」


「あ、うん」


 いつものように、切り出された。が、今日は。


「よかったら、北村と倉田さんも来る?」


「えっ?」


 予想もしなかった遊佐くんの言葉に、よろこびの声を上げる、わたし。


「いいの? 邪魔じゃなかったら、参加したいな。ね、美緒ちゃん」


「うん。楽しそう」


「ほ、本当?」


 乗り気な二人に、わたしの気持ちも上がる。居場所がなくて、大の苦手な打ち上げ。遊佐くんは、そんなわたしの立場になんて、気づいてもいないだろうし。でも、美緒ちゃんと北村くんがいてくれたら、心強いよ……!







 と、そのはずだったんだけど。


「はあ……」


 結局、隅っこの方で残り物のキャベツをつまんでる、わたし。北村くんは決して目立ちたがりじゃないけど、物おじしないし、社交的で。美緒ちゃんも、初対面の関係者の人なんかにもデレデレされてる。そして、遊佐くんはというと、当然のごとく、今日も輪の中心にいる。おしゃれ美女軍団まで、はべらせちゃってさ。


 ちなみに、響くんは謎の機嫌の悪さを醸し出してるから、近づきたくない感じ。バンドをやってくうえで、つき合いも大事だってことは、わかってるつもりなんだけど。こういう場に来るたびに疎外感を抱くわたしの気持ちも、ほんの少しでいいから、遊佐くんに理解してもらえたら、うれしいのに。と、突然。


「ねえ」


 わたしの近くに座っていた、年上っぽい男の人に声をかけられた。


「な、何でしょうか?」


 いかにも、業界の人という感じの男性。まさか、知らないうちに、何か粗相でも……? 恐る恐る、聞き返すと。


「君、フロイド好きなの? 若い女の子なのに、珍しいね」


「はい?」


 なんとも、意外な質問。


「えっと……あ」


 そっか。今日、わたしが着てきた、このTシャツ。大好きな、PINKピンク FLOYDフロイド の 1st シングルのジャケットのイラストだった。


「そうなんです」


 力を込めて、答える。


「いつか、動物を2匹飼ったら、ピンクとフロイドっていう名前をつけるのが夢なんです」


 アーティストTを着てると、この手の出会いがあるのがいいんだよね。


「君、面白いね」


「な、何か、変でした?」


 おかしそうに笑う、目の前の男の人。


「ああ、うん。たしかに、シド・バレットがいた頃もいいけどね。僕は、彼が脱退してからの静かな狂気に惹かれるかな」


「実は、お恥ずかしい話なんですが……中期以降は、聴いたことがないんです」


 Tシャツまで着てきたというのに、わたしとしたことが、何とふがいのない。逆に、にわかファンをアピールすることになっちゃって、恥ずかしい。そう、自己嫌悪にかられていたんだけど。


「そうなの? 絶対、聴いた方がいいって。あ、貸してあげようか? 今度」


 古参でもないくせに、こんなシャツを得意げに着ているわたしに呆れるでもなく、音楽愛から、そんな申し出までしてもらえるなんて。


「それはもう、願ってもないことですが……」


 と、返事をしようとしたとき。


「この店、もう出るから」


 後ろから、声をかけにきてくれた、遊佐くん。


「あ、そうなんだ?」


 見回すと、他の人も外に出る準備をしてる。話に夢中で、全然気がつかなかった。


「あ。僕も、知り合い見つけたから。また、機会があったら」


「はい! ありがとうございました」


 さっきの人に、お礼を告げて、遊佐くんを見上げた。


「今日は、これで終わりなの?」


 ホテルに戻って、ゆっくりできるのかな。


「これから、カラオケだって」


「え……?」


 現実は甘くなかった。遊佐くんの言葉に固まる。


「わたしね、カラオケだけは……」


「あ?」


「えっと……」


 何度か、ゼミの集まりで強制的に参加させられてるけど、どっちらけなの。盛り上げるのも下手だし、選曲も外しまくりで、どうにもこうにも、いたたまれない感じになるの。確実に、遊佐くんに恥をかかせちゃう。


「ごめん、遊佐くん。わたし、行けない。部屋で待ってる」


「…………」


 予想どおり、あからさまに面倒そうな表情を浮かべられた。そして、冷たく言い放たれる。


「なら、別行動だな。俺は顔を出さないわけにいかないし」


「……うん。一人で時間潰してるから、大丈夫」


 離れたところにいる、美緒ちゃんと北村くんも乗り気っぽいし、迷惑にならないように、力強く返事した。美緒ちゃんたちにも気を遣わせないように、さりげなく人だかりを離れて、歩き出す。


 どうして、わたしってば、こうなんだろう? もっと、遊佐くんにふさわしい彼女になりたいのに。


「そうだ。どうしよう……?」


 そういえば、遊佐くんから、ホテルの鍵を受け取るのも忘れてた。明け方まで、どこで時間をつぶせば……と、そこで。


「璃子」


「ん?」


 聞き慣れた声に振り向くと、後ろに立っていたのは、響くん。


「どうしたの? 響くんは行かないの? カラオケ」


 そういえば、今回、沙羅ちゃんは来てないんだよね。だから、機嫌が悪そうだったのかな。


「行かない。こういうときの打ち上げでカラオケに行くっていう発想が、気色悪い」


 わたしの質問に、響くんが本当に嫌そうに答える。


「そっか。わたしも苦手だから、抜けてきたの」


 さすがに、気色悪いとまでは思わないけど。


「ふうん。あ」


 不意に、響くんの表情が明るくなった。


「どうしたの?」


「ついてきて、璃子」


「えっ? 響くん?」


 いつになく、強い力で響くんに引っ張られて、気づいたら、ホテルの駐車場の響くんの車の前まで来ていた。



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