第3話






「よくやったぞえ~」


闘技場を後にして戻ると、

丸々と太った男がやってきた。


「ミーの名前はパパンドゥ、ここの興行主をしているもんだえ。さて新チャンピオン今後は──」

「そんなことはどうでもいいが一つ質問がある」

「む、なんぞえ」


明らかに不機嫌になる興行主。


「オリヴァーっていう爺さんがジャックと戦ったんだが、その看取りをしたい」

「そんな奴はいたぞえか?」


数十人の闘士がいることは確かだが、

遊戯で命を落としている者がいる中での反応としては不快な分類だ。


「むむ、オリヴァーという老人ならいま治療室にいるぞえ」

「なに!」

「会いにいってみるぞえか?」

「頼む」


◇     ◇     ◇


「爺さん……なんて傷だ」


闘技場では闘士は商品。

使える物は修理して使えるのなら使う……だめなら捨てる。


「まだ死んでないぞえね、修理してあげてるぞえ~……」


オリヴァーの身体を一刀に裂くようにつけられた傷を見て、

とても冷たい目でパパンドゥは見下ろしていた。


「……でもこのシワシワは無理のようだえ、廃品だえ」

「……」

「でもクロム殿がやる気であれば治療してあげなくもないだえ」

「どういう意味だ」

「それは────」




────ドラゴンと戦うことだえ。




それはとつぜんに大々的に宣伝された。



──新たな闘技場チャンピオンがドラゴンと戦う!──



その見出しは僅か数時間でありながら超満員を実現したのだ。



観客はその時を今か今かと待ち構えていた時……、



……翼の切れた赤いドラゴンが檻の中から現れた。



おお、観客席から歓声が上がる。


ドラゴンと対峙する少年の構図に、

これから起こる壮絶な戦いを誰もが想像した。



──悪いが悠長にやってられないんだ……。



その殺気は熱気に包まれた者たちを含め、

対峙したドラゴンにさえ伝わった。


「グガァァァアアア!」


威嚇の意思を込めた咆哮に突風が吹く。

喉の奥から高温度の炎のブレスが────


大きく開かれた口に一本の剣が風を切って飲み込まれた。


強靭な皮膚ではなく柔らかい口内に吸い込まれた鋭い剣は、

とてつもない勢いに乗ってドラゴンの内部を切り裂いていく。


「ギャアアァァァァオオオオ!」



流石にこんなものでは死なないか……。



地面を蹴り上げ跳躍し、

ドラゴンの鼻を蹴り上げさらに跳躍する。


目線の上に昇る間に剣を握ったまま、

回転し一つの駒のように回り速さを増していく。


脳天から尻尾の先までを回りながら斬り付け進んだ。


最初の頭を裂かれた時点で勝敗を決していた勝負は、

追い打ち以上のオーバーキルで幕を一瞬にして閉じた。


◇     ◇     ◇




オリヴァー爺さんへの最低限度の治療が完了し、

意識が回復するのを待つばかりになった。


「これで良くなるのか?」

「まだギリギリ命をとどめているだけだえ、でも解決策はあるだえ」

「それはなんだ」

「アドゥール王国の錬金術で作られた特別な軟膏だえ。それがあれば、ほれこのとおりだえ~」


小瓶に入っている軟膏がオリヴァーに塗られると浅い傷が一瞬で姿を消したのだ。


「ただし……残念なことに軟膏剤は切らしているんだえ、それにあれ高価なもんなんだぞえ。だからあと最低2回は大型モンスターと闘技してもらえれ──」

「……おれは今すぐあんた含めて全員殺して回ってもいいんだぞ」


さすがにドラゴンを殺した事実は大きいようだ。


「……!」

「わかったら、さっさともってこい」


その低く冷たい声に言葉が詰まり、

張り詰めた空気にねっとりした汗をかくパパンドゥ。


「す、すぐにもってくるんだぞえ~!!!」


彼の手下は眼にもとまらぬ素早いで動きで軟膏剤の壺を運んできた。



「ここは……」

「気が付いたか爺さん」

「おおクロム坊や……どうしたそんな深刻そうな顔で」

「覚えてないのか?」

「……いや思い出した。この傷じゃ儂はもう駄目じゃな」


オリヴァーは軟膏剤を塗ったとはいえ、

未だ痛むなかでゆっくりと体を動かし胸元から一本のペンを取り出した。


「代わりにこの万年筆を娘に渡してくれんか」

「娘がいたのか……」

「そうじゃ、娘に直接謝りたかったんじゃがこの体たらく。……アイツの結婚式に行ってやれず、とうとう孫ができたと手紙まできた」

「それでその万年筆を……」

「十五の祝いにな……渡すつもりだったのじゃが、ここまで渡せずじまいじゃったんじゃ」


オリヴァーから差し出される高級なペン。


「受け取ってくれんか?」

「ダメだ」

「……た、たの──」

「あんたが直接渡すべきだ」

「し、しかし」

「それだけの思いを……人に預けるべきじゃない」

「儂はもう存分に動くことも出来んのだぞ」

「それは分かってる。だから俺が運んでいく」

「!!」

「あんたの代わりに俺が歩く。だからこれを渡しに行こう」

「どうして儂なんかの為に……」

「成り行きだ」

「うぅ、すまない……ありがどうぅ!」


人目もはばからず泣きだすオリヴァー。


「それだけはいかんぞえ!」


パパンドゥが声を張り上げた。


その表情は怒り過ぎて赤から青くなり、

それでも足りないほど頂点に達している様子だ。


「図に乗るのもいい加減にするぞい!闘技場をもし離れるならこんなしわしわジジイ殺してやるぞい!」


仰々しい小剣を取り出しワナワナ震える体で構える。


「お前たちも給料分働くぞええ!」


背後にいた手下にも叫び、オリヴァーを殺すように命じる。


殺気立った空気に支配され出方を伺うよう静まり返るなか……、


「悪いがよ、そりゃ聞けない命令だな」


背後の手下の突然の言葉にパパンドゥが振り向くと、

ヘルムを取ったカイとクイマの姿があった。


「お前たち!どうやって」

「俺らも治療室に運ばれたんだ。その時にこっそり抜け出してアンタの側に着いた闘士たちを眠らせて鎧を拝借した。このカイ様にかかればどうってことないぜ!」


青い髪の闘士カイの得意げな顔に、

パパンドゥは腹を立てながらも提案する。


「か、金なら山ほどあるぞえ!だからミーのがわに──」


カイの鋭い一撃によって気を失い、

そのわがままボディは成すがまま床に向かって倒れた。

────────────────────


興行主をその場に縛り付けたあと、

闘技場の全身鎧を着たカイたちに連れられて、

見事、そとに出ることに成功した。


「ありがとう、それじゃあ……」

「おいおいおい!」


カイが声を上げる。


「ん?」

「ん、じゃねぇよ。ここでお別れってのはあんまりだろ!」

「だけどな……俺は爺さんを村まで届けなきゃいけないんだ」

「ああ、だからだよ。お前はここいらの事情を知らないだろその上オリヴァーさんを背負うなんて、猫の手も借りたいくらいじゃないか。それによ……」

「それに?」

「あれだけの事を一緒にやったんだぞ……水くせぇぜ!。なあ……お前らもそうだろ」


カイの後ろにいた十人の闘士が頷きそのうちの一人クイマが口を開いた。


「んだ、おいらたちもあの戦いで感動しちまったんだ。ションベンちびっちまうこうぇ~大男相手に、ガツンガツンだもんで。それにおいらたちの村も、ルルイカ村にちけぇ~んだ。帰るがてらに案内させてくれ」

「それは助かるが──」

「よっし、話は決まったな!」


カイが話を遮り話し合いを強引に締めてしまった。


「そうと決まれば、コイツを見てくれ」


路地裏に案内されるとそこには大きな荷馬車があった。


「これは」

「騒動の間に拝借した金でな、買ったんだ。必要だろ」

「……確かに」

「爺さんが休む用の寝床もこしらえてある」

「ありがとう」

「……い、いいってことよ。じゃあ準備できたら出発しようぜ」

「わかった」


◇     ◇     ◇


「ふぅ~、すまんの……儂の為に」

「お礼ならカイに言ってくれ」

「じゃが……お前さんがいなかったらこうはなっておらんじゃろ」

「……」


オリヴァー爺さんは、

塗り薬のおかげで先ほどより楽そうだ。


「これから少し揺れる道が続くから気を着けんだべ~」


御者席に座るクイマの呼び掛けを聞いて、

爺さんを身体を横にして少しでも楽な姿勢にさせる。


「すまんな」


申し訳なさそうにそういうオリヴァーに、

背後にいたカイが笑って声を掛けた。


「若いのがここにはいっぱいいるから気にすんな」

「儂も十歳若ければの、こんな傷へっちゃらなんじゃが」


爺さんの冗談交じりの言葉に軽い笑いが起こったところで、

荷馬車が大きく揺れ動いた……とうとう街をでいたのだ。




ここから爺さんを故郷の村に連れていく旅が始まる。


──────────────────────


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