夜の惨劇
「かあさま!」
部屋に不安げな表情を浮かべて駆け込んできたまだ七歳ほどの少女は、窓辺に座っている母の膝の服を掴んだ。この頃母は、もの思いにふけることが多くなった。こうして窓辺にすわっている時の母はまるで知らない人のように見える。
まだ若い母はゆっくりと少女の方を向き、
「どうしたの」
と尋ねた。
部屋の外を指差しながら必死に母に訴えた。
「外に知らない兵が来てるの!」
母は、ぼーっとしたまま立ち上がり、少女を抱きしめた。
「母様?」
何も言わずに自分を抱きしめた母を不思議そうに見上げた。
「なんで、兵たちが来ているのですか?悪いことは何もしていないでしょう?」
母は、悲しげに笑った。
「そうね、おまえはなにもしていないわ」
「じゃあ、なんで!」
少女の問いへの答えは、なかった。代わりにつぶやき声が聞こえた。
「かあさまがいなくなっても、おまえは生きていけるね」
「え……?」
少女は、母を不安げに見上げた。
「かあさまはどこかにいってきますするの?」
母は静かに頷いた。
「だから、おまえはかあさまがいなくても生きるのよ」
どことなく普段と様子が違う母は、少し恐ろしかった。装飾が施された木の扉の隙間から雨音に混じって、剣と剣がぶつかり合う音が響いている。母は少女の手を引き、その扉を押し開けた。
「目を閉じていなさい」
少女の目の前に、ただただ民が血を流している残酷な光景が広がった。
母は血を流す兵たちに一言静かに言った。
「もうやめましょう」
そう言って少女の手を離した母は階を静かに降り、金の鎧を身につけた将の前に進み出てゆっくりと膝をつき、頭を地につけた。
「沙星の島第十三代島主、美麗ここに降伏いたします」
美しい服も顔も雨でぬかるんだ泥にまみれている。
「泥にまみれて死ね」
ぐさりと、容赦なく剣が母の背中を貫いた。真紅の血が泥に混ざり地面を染める。
「美麗!」
一人の若い青年が駆けつけ、母の遺体を掻き抱いた。永遠の別れを惜しむ暇もなく青年は兵によって遺体から引き剥がされていく。
「か、あ、さま」
雨に打たれる少女の瞳から涙か雨か区別のつかない水滴が頬を伝った。
十二ぐらいだろうか、同じように金の鎧を身に纏った少年が、泣いている少女を指差し将を見上げて言った。
「あの者は助けてあげてください。……陛下」
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