第17話 銀色天使との楽しい雪国ライフ(2/2) ※エルヴィラ視点
「エリーちゃん。エリーちゃんの髪飾り、いつも可愛いの」
「!?」
「羨ましいの……」
「!!?」
ある日の天使の言葉に、エルヴィラはひっくり返るかと思った。
エルヴィラがいつも身につけている髪飾りは、草原の民の紋様が刺繍されたものだ。
エルヴィラ達領主一族は、草原の民との誓いにより、彼らの紋様を体のどこかに身につけていなければならない。
ルシアおばあ様や母ナタリー達は、服の一部に取り入れているけれども、エルヴィラはその風習が嫌いだった。
エルヴィラは、王都で流行るようなオシャレな意匠の服が着たいのに、この紋様はそれを邪魔してくるからだ。
だから彼女は、髪飾りだけに紋様を取り入れ、服だけは普通の仕様になるよう守ってきた。
しかし、なんと銀色天使が、紫色のお目目をキラキラさせながら、エルヴィラの髪飾りを見つめてくるではないか!
「こ、これは、その……」
「うん」
「つけなきゃ、いけないモノ、で……」
目を伏せるエルヴィラの気持ちも知らず、天使の母マリアが話を続けてしまう。
「草原の民の紋様よね。ほら、リーディア。ルシアおばあ様の手袋にも、一部刺繍があったでしょう?」
「うん! 可愛い赤色のやつ!」
「この模様はね。可愛いだけじゃなくて、エルヴィラちゃん達と草原の人達の、お友達の証なの」
「そうなの?」
マリアの言葉に、リーディアは目を輝かせる。
そして、最近何故か子ども部屋によく現れる伯父レイモンドも、マリアの言葉に耳を傾けている。
「このルビエール辺境伯領の北にはね、沢山の草原の部族があるの。皆誇り高くて、勇ましくて、格好いいのよ」
「ぶぞく!」
「そう。それでね、皆強かったから、沢山喧嘩もしたの。だけど、エルヴィラちゃんのずっと前のおじい様とだけは、皆が仲良くしてくれたのよ」
「すごーい!」
「でしょう? だからエルヴィラちゃん達は、今もお友達の証に、こうして紋様を身につけているの」
「エリーちゃん、すごいの!」
「……」
「エリーちゃん?」
「でも、王都っぽくないから……」
沈み込むエルヴィラに、天使も天使の母マリアもパチクリと目を瞬く。
母ナタリーが、「いつもね、この子は王都のオシャレな服に憧れていて」と苦笑したところで、マリアが朗らかに笑った。
「そんなこと、気にすることないのに」
「……! エリーは、気になるの!」
「だって、エルヴィラちゃんはこれから、流行を作る側になるでしょう?」
「!?」
思わずポカンとするエルヴィラに、マリアは楽しそうに笑っている。
母ナタリーと伯父レイモンドも目を丸くしているし、天使は首を傾げていた。
「ママ。流行は、作れるの?」
「もちろんよ。そうねえ……例えば、今、リーディアは、『可愛いエルヴィラちゃん』が身につけている『珍しくて可愛髪飾り』を見て、真似したいと思ったでしょう?」
「うん!」
「!」
ハッとした顔をするエルヴィラに、マリアは頷く。
「王都だとね、可愛くて素敵な、高貴な身分の人が身につけているものが流行ることが多いの。それが新鮮で可愛らしいものなら、尚更ね」
「新鮮で、可愛らしい……」
「エルヴィラちゃんは、この辺境伯家の令嬢で、高貴な身分でしょう? それに将来はきっと、すっごく美人になるわ。そうしたら、皆、エルヴィラちゃんの身につけるものを、真似したくなるでしょうね。――こういう、珍しくて繊細な紋様をオシャレに取り入れていたら、リーディアみたいに気になるご令嬢も沢山いるんじゃないかと思うけれど……どう思う?」
その挑戦的な笑顔に、エルヴィラは胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
流行に乗りたいと思っていた。流行りの素敵なお洋服を着られないのが嫌で。
だから、皆がエルヴィラの真似をするなんて、思っても見なかった。
流行を作る。
なんて甘美な響きだろう。
胸が熱くて言葉もないエルヴィラの代わりに、母ナタリーがマリアの言葉を絶賛した。
「マリアさん、すごいわ。確かに、流行り物って高貴な方々が発信することが多いわね」
「でしょう? うちの父が、新種の野菜を流行らせるときに使う手なんですよ。高貴で食通な方々に宣伝してもらうんです。食べ物のことなので、エルヴィラちゃんと違って、恰幅のいい宣伝主が多いかも」
「まあ!」
ドッと笑いが起こり、子ども部屋はいつになく和やかだ。
そしてエルヴィラは、けらけら笑っているマリアに釘付けである。
天使の母は、やはり天使なのかもしれない。
優しげなふわふわの見た目なのに、こんなにも刺激的で、エルヴィラをときめかせてくる。
チラリと横を見ると、エルヴィラだけでなく、伯父のレイモンドも、天使の母に釘付けのようだった。
やはり、間違いなく、天使の母も天使に違いない。
~✿~✿~✿~
こうして、辺境伯領での生活が色づいたエルヴィラに、とどめとばかりに、天使は秘密を教えてくれた。
「エリーちゃんは、王都が好きなの?」
「う、うん。リアちゃんは違うの?」
「……」
暗い顔をする天使に、エルヴィラは心の中で慌てる。何かまずいことを言っただろうか。
気遣うように顔を覗き込むエルヴィラに、天使は何かを決意したような顔で頷いた。
「エリーちゃんはね、リーの大切なお友達なの。だから、王都の秘密を教えてあげる!」
「ひ、秘密!」
「そう。あのね、王都に行くとね……たくさんの女の人に、追い回されるのよ……」
水色の瞳を見開くエルヴィラに、密告天使は神妙な顔つき――をしたつもりになった、もちもちほっぺの愛らしい顔で頷く。
「お、追いかけまわされるの?」
「そうなの。……実はね、パパがね、そうだったの。いやだって言っても、逃げても逃げても、いっぱい追いかけまわされたのよ」
「いやだって言っても……!?」
「エリーちゃんは可愛いから、きっといっぱい女の人が寄ってきて危険なの」
密告天使の真に迫った表情に、エルヴィラは慄きながら、とりあえずその場では頷く。
「王都に行くときは、気をつけなきゃなの。絶対に、パパかママと手を繋いでいないとだめなの」
「わ、わかったのよ」
いや、実際は分かっていない。
王都に行くと、女の人に追いかけ回される。
本当にそんなことがあるのだろうか。
これは、調査が必要かもしれない。
エルヴィラは立ち上がり、そして、両親のいる居間へと向かう。
「パパ。ママ」
「おや、エルヴィラ。どうしたんだい?」
「あのね。……王都に行くと、素敵な子は、女の人に追い回されるの?」
きっと、父リチャードは、何を言っているんだと笑い飛ばしてくれるはずだ。
そんな事態になるなら、皆、王都に行くことはままならないだろうと。
しかし、父リチャードは、神妙な顔をして頷くではないか!
「ああ、聞いてしまったんだな。リカルド兄さんはそれで大変だったんだ」
「本当にね。噂では聞いていたけれど、本人から聞く話は壮絶だったわね」
「エルヴィラ。これは繊細な話だ。あまり人に広めてはいけないよ」
まさかの大肯定に慄くエルヴィラ。
よたよた、と後ずさりした金色探偵に、両親はうんうんと頷いている。
(王都……もしかして、怖いところ……!!?)
それからというもの、エルヴィラはむやみに王都に行きたいと言わないことにしたのである。
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