第15話 楽しいキャベツ会
「キャベツ会、楽しみなの!」
「キャベツ会、楽しみなのよ!」
「楽しみだな」
「楽しみね」
「期待している」
「まだ現地につかないか」
「おじい様、まだ出発したばかりですよ」
「だがな、ナタリーさん。あんな美味しそうな話をされてはな……」
ぐりっと全員の視線が向いてきたので、わたしは冷や汗をかきながら目を逸らす。
今日はキャベツ会の当日だ。
そしてこの場にいる全員――リーディア、エルヴィラちゃん、リカルド、ルシアおばあ様、リチャード様、ルイスおじい様、ナタリー様――が、そのキャベツ会の参加者である。
要するに、本日不在のライアン辺境伯夫妻以外、領主一族総出でキャベツ会に参加していることになる。
どうしてこうなったのだ。
そんな、大それた会にするつもりはなかったのに……!
~✿~✿~✿~
数日前、ルビエール辺境伯に着いてから、知り合いの農家に連絡を取り、家族でキャベツを食べに行きたいことを伝えたところ、わたしが伯爵夫人になったことに驚いていたものの、知人達は快く引き受けてくれた。
そのことを夕食後の団欒の場でおじい様に伝え、キャベツ会を開く報告をしたのだ。
嫌な予感がしていたので、キャベツ会については、報告のみであっさり話を切り上げるつもりだった。
しかし、参加予定者達が次々に裏切ってきた。
「キャベツ、美味しそうなの。とろとろのチーズものせたいの。皆で行くのも、リーは楽しみなの」
「ママ、知ってる? 今度食べに行くキャベツはね、デザートみたいに甘いのよ。リアちゃんとマリアさんに聞いたのよ!」
「ここのキャベツ、糖度は余裕で8を超えるらしいわね。運がよければ10を超えるんだとか。ね、楽しみね、レイモンド」
「そうですね、ルシアおばあ様。糖度8以上……さつまいもと同じくらい甘いキャベツだとか……マリアさんは本当に博識だ」
「雪景色の中で採りたてを食べられるのは、ルビエールならではの楽しみだな。流石は、ルイスおじい様達が統べてきた土地ですね」
わたしが必死に止めても話を逸らしても、恍惚としながら、我先にとキャベツ会への思いを吐露し始めてしまう。
わたしがあわあわと目を泳がせていると、やはりというか、ルイスおじい様がしかめっ面になってしまった。
「何故私を誘わない」
あああーと頭を抱えていると、ルシアおばあ様が目を瞬かせながらルイスおじい様を見た。
「えっ? でもあなた、キャベツなんて興味がなさそうだったじゃない」
「今の話を聞いて興味が湧いた。なあ、リチャード」
「はい」
「えっ、リチャードも?」
「私も興味が湧きましたわ」
「ナ、ナタリーさんまで?」
「エルヴィラが参加するなら、親である私達も同行します」
「そうですね、そうするべきですわね」
「曾祖父である私も参加すべきだな」
「それはどうなのかしら!?」
「参加するべきだ」
むん、と気迫で乗り切ろうとしてくるルイスおじい様に、ルシアおばあ様は気まずそうにわたしの方を見てくる。
わたしは諦めた。
そんな大したイベントじゃないので、がっかりされるかもしれないけれども、本人達が行きたいというのだから、もうなるようになるのだろう。
こうして、わたしは農家の知人の腰が抜けないよう祈りながら、キャベツ会当日を迎えたのである。
~✿~✿~✿~
そんなふうに迷いながらやってきたキャベツ畑だったけれども、やはり皆で来たのは、正解だったかもしれない。
空が晴れ渡る中、一面に広がる雪景色。
二十センチ近くは降り積もっている雪は、冬の太陽に負けることなく、涼やかで静謐な空気を演出している。
そして、息が白く凍る中、知人が丁寧に掘り起こし、ナイフで根元を切って収穫したキャベツは、正に緑色の宝石。
剥いだ葉の香りに、口の中に広がる癖のない甘みに、私は思わず口元がほころぶのを感じた。
こんな素敵な体験、参加していない家族がいたら、絶対誘っておけばよかったと後悔したはずだ。
だから、こうして皆で来られたことは、本当に僥倖である。
「あまーい!」
「リーディア」
「ママ! キャベツあまいのー!」
「マリアさん! 芯がね、本当に柿みたいなのよ。とっても美味しいのよ!」
「エルヴィラちゃんも、気に入ってくれよかった。雪原の中で食べるキャベツ、最高でしょう?」
「うん!」
「さわやかなのー!」
キャベツを手に、雪の中を駆け回りながらきゃあきゃあ喜んでいる六歳児二人に、わたしの目じりは蕩けている。
そんな二人を見ながら、おじい様達も楽しそうにキャベツを齧り、農家の知人と話をしていた。くたくたに煮込まれている最中のポトフから、食欲をそそる匂いが漂っている。
皆が楽しそうでよかったと一安心していると、ふと、背後から声がかかった。
「本当に美味しいですね」
「レイモンド様」
「採れたての生のキャベツが、こんなに美味しいとは知りませんでした。マリア様、どうもありがとうございます」
「ふふ。わたしは、農家育ちですから、こういうことに詳しいんです」
くすくす笑うわたしに、レイモンド卿は目を丸くする。
「男爵家の出身とお聞きしましたが」
「領地つきの男爵家だったんですよ。野菜好きの父の影響もあって、殆ど村の農業の手伝いばかりしていました。だからかしら、この土地の人々の素晴らしさを身に沁みて感じるんですよ」
「この土地の?」
「はい。南の出身者から見ると、ここはとても、農業に不向きな土地です。土地の力はともかく、あまりにも寒いですから」
「……そう、ですね」
「でも、そんな厳しい土地柄で、こんなにも美味しい作物を育てている。それって本当にすごいことだと思いませんか?」
ハッと顔を上げるレイモンド卿に、わたしは微笑む。
「このキャベツは、暖かい時期に、何回にも時期を分けて苗を植えると聞いています。外気がどんなに寒くても、地面の中は0度に保たれる――それを利用して、冬の間に何度も収穫をするんです」
ここで生きていくために、いつ発見したのか分からないその理論を、技術を、連綿と受け継ぎ、大切にしている。雪景色の中の緑の宝石は、その美しさの裏に、人々の積み重ねがある。
「そこで生きていく人達の創意工夫が、引き継がれた伝統が、このキャベツをこんなにも美味しく保っています。……素敵な土地です。父もわたしも、ここが大好きなんですよ」
吐く息の白さを感じながら、わたしは雪の中で追いかけっこをしている二人の子どもに目を細める。
わたしが大好きな土地。
尊敬するもの。
それを、皆が、子ども達が一緒に慈しみ、楽しんでくれる。
胸が熱くて、なんだか涙が出てくるような光景だ。
そして、そんなふうに彼女達を眺めるわたしを、レイモンドが熱い目で見ていることに、わたしは気がついていなかった。
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